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樋口裕一『読ませるブログ 心をつかむ文章術』

  • 2009/07/29(水) 12:37:34

読ませるブログ (ベスト新書)
読ませるブログ (ベスト新書)

内容(「BOOK」データベースより)
ブログは「簡単に自分を表現できるツール」として、短期間で世の中に広まった。ところが、ネットの世界にあふれているのは、日記レベルの「おもしろくないブログ」ばかり。一般人が芸能人のブログの真似をしたところで、読者を獲得できるはずはない。ブログを書くということは、世界中の顔も名前も知らない人々に、自分のメッセージを発信すること。一昔前なら、作家や芸術家しかできなかった体験を、一般人でもできるということなのだ。さらに、読み手を意識した情報発信は、文章力を筆頭に、思考力や観察力や表現力など、さまざまなスキルを高めていく。人に読ませる「おもしろいブログ」を書くことで、あなたの人生は変わっていく。

読んでもらえるブログにするためにはどんな文章を書けばいいか、という内容について書かれた本です。
著者自身が「文章のプロ」なので、細かい章立てで簡潔にまとまっていて非常に読みやすいです。

でも、なんか物足りない…。

思うに、「ちゃんとした文章を書こう」と意識しながらブログを書いているひとは、もうこのレベルのことは出来ている(あるいは理解している)んじゃないかなと思うんですよ。
一方、「とりあえずみんなやってるから始めてみた。ブログって日記を書けばいいんだよね」って思っているような人は始めからこんな本に手を出さないんじゃないかなあ、と。

「もっと」を求める人が読むには初心者向けだし、「全然」な人が読むには面白みがなくてとっつきにくい感じがしました。
いや、書いてある内容は平易だと思うんですよ。
例文が多用されていて判りやすいし。
ただ、普段あまり本を読まない人がわざわざ手にとって「お、読んでみよう!」と思えるような工夫がされているわけではないかなあ、と。
(偏見かもしれませんが、文章があまり上手くない人って本を読まない人と重なる気がします)

もっと柔らかいタイトルにして、内容(例文)も実際のブログ画面を模したものにしたり視覚的に訴えるもの(直感的に違いが判るもの)だったりするとよかったんじゃないかなあ、と思いました。

ところでこの本の著者って『頭のいい人、悪い人の話し方』を書いた人なんですね!
本の中にそういうくだりが出てくるのを読んで初めて気がつきました(笑)

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大倉崇裕『七度狐』

  • 2009/07/18(土) 12:32:56

七度狐 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M お 4-3)
七度狐 (創元推理文庫) (創元推理文庫 M お 4-3)

内容紹介
名跡継承をめぐって開かれる落語会の取材に、僻村を訪れた間宮緑。折からの豪雨で孤立した村に見立て殺人が突発、頼みの牧編集長が到着できない状況下で第二の事件が……。 『三人目の幽霊』に続く大人気シリーズ第2弾!

以前読んだ『三人目の幽霊』に続くシリーズ2作目です。
前作を読んであまり好きなタイプの内容ではないなあ、と思ったのですが、そのあと読んだ『福家警部補の挨拶』は面白かったので、ちょっと期待して読んでみました。
…が、残念ながら今ひとつ…。

といっても決してつまらないわけではないんですよね。
むしろ物語の構成や展開はすごく緻密でそれでいてスピード感があり、どんどん読み進むことができる作品でした。
ただ、物語全てが事件とその謎解きに終始していて遊びというか余裕がない(殺人事件が起きているのに「余裕」も何もないと言われればその通りですが)、また事件の動機や犯行方法に容赦がない、救いがないというのが私にとってはちょっとツラかったです。
展開が緻密な分ずっと緊迫した場面が続くし伏線も次々出てくるので、読んでいるこちらも息付く暇なくどんどん追い込まれて行くようでした。

このシリーズは「落語」という古典芸能が重要なモチーフとなっています。
主役が落語を扱う雑誌の編集者であり、その他の主要な登場人物も落語家が殆どですし、物語に重大な影響を与える噺の内容も展開に合わせて丁寧に解説されていて、落語に対する著者の造詣の深さ、愛情が伺われます。
ただ、それがあまりにも密接に悲惨な事件と絡んでいるので、果たしてこれは落語のためになっているんだろうかと逆に心配になるくらいでした…。
う~ん、やっぱり巧い話だったんですねえ。
巧すぎてちょっと苦手、って感じでしょうか。

小路幸也/マイ・ブルー・ヘブン-東京バンドワゴン

  • 2009/07/18(土) 09:51:48

マイ・ブルー・ヘブン―東京バンドワゴン
マイ・ブルー・ヘブン―東京バンドワゴン

内容(「BOOK」データベースより)
国家の未来に関わる重要な文書が入った“箱”を父親から託され、GHQを始め大きな敵に身を追われるはめになった、子爵の娘・咲智子。混血の貿易商・ジョー、華麗な歌姫・マリア、和装の元軍人・十郎、そして、がらっぱちだけれど優しい青年・勘一にかくまわれ、敵に連れ去られた両親の行方と“箱”の謎を探る、興奮と感動の番外編。

「東京バンドワゴン」シリーズの4作目。
舞台は前3作から遡ること約65年、終戦直後の東京。
現在堀田家4世代の家長となっている勘一と、既に鬼籍に入っているが見えない存在のまま堀田家を見守り物語の語り手となっている勘一の妻・サチの出会いと結婚に至るまでの顛末を描いた長編です。

勘一の若い頃の話だというのはWebで読んだあらすじで知ってはいたのですが、こんな展開だとは思わなかったのでちょっとビックリしました。
勘一もサチさんもその時代の国の重要機密に影響力のあるようなお家の出身だったのですね。
そのために何も判らないまま危険に巻き込まれつつあったサチを、これまた何も知らないまま勘一が助けたのがきっかけで物語が動き出します。

前3作では堀田家とそれを取り巻くご近所さん中心のホームドラマだった「東京バンドワゴン」とは全然違うキャラクター(元陸軍の諜報部員だの、日本の政財界に影響力のある大人物だの、その部下の日米ハーフの美形青年だの、東北地方一帯を牛耳る大物の父を持つ美貌のジャズシンガーだの、そしてその全てに顔が効く勘一の父親だの)がどんどん出てきて、サチ自身と彼女がご両親から託された「秘密」を命懸けで守る、果ては当時日本を支配していたGHQの幹部と直接対決する、というサスペンス小説のような内容でした。

ただ、そういう流れではありながら、堀田家にみんなが集まって楽しそうにご飯を食べている様子とか、人が行動する基本は相手への思いやりであり、信頼であること、どんな相手にもまずは誠意を持って対すること、など物語の底に流れるメッセージは前の作品と何ら変わりがないので、「東京バンドワゴン」シリーズの一作として違和感なく読むことが出来ました。
その分「サスペンス」の部分が弱くなってしまい何が起こってもあまりハラハラしたりはしなかったという部分はありますが・・・そのあたりは「痛し痒し」ですかね~^^;

いろんなことが起こっていろんな人が出てきますが、一つ一つの設定や疑問にきちんと結末と回答が準備され全てあるべきところに収まっていく展開が見事。
多少唐突+出来すぎな展開もありましたが全体的にはとても面白く読めました。

シリーズ全体に言えることですが、これも映像化しやすそうな作品ですね。
現在の堀田家を描いた作品を連ドラにして、これは2時間くらいのスペシャルでやってほしいです。
原作を大事にしてくれるドラマ化してくれるTV局関係者様、いらっしゃいましたら是非。

児玉憲宗/坂道尾道書店事件簿

  • 2009/07/05(日) 09:47:33

尾道坂道書店事件簿
尾道坂道書店事件簿

内容紹介
著者・児玉憲宗が勤める啓文社は、昭和6年、尾道にある商店街に十坪ほどの店舗、わずか3人で創業した。もともとは、煙草の元売捌をしていたが、制度廃止後、今まで、身体の害になるものを売ってきたから、今度やる商売は人の役に立つものにしたいと、薬局か書店かに絞られた末、書店をすることにしたという。今では広島県内に二十店舗を展開する書店チェーンである。
そのお店で、先輩から仕事を盗み、良いお店に向かってがむしゃらに突き進んでいた児玉を襲ったのは、脊髄の悪性リンパ腫だった。新店オープンを前に入院することになるが、児玉は一切泣き言をもらさず、現実と立ち向かい、手術、リハビリの末、退院。手に入れたのは車椅子とバリアフリーの家、そして「わしはおまえに障害があろうと特別扱いはせんよ。バンバン仕事をやってもらうから。」と肩を叩く社長をはじめ、同僚だった。現在本部として啓文社の売り場を支えているが、そのフットワークは、誰よりも軽く、改造した車に乗って各店舗を見て歩く。そんな書店員人生と地方の書店の現状、本部という仕事を描いた1冊。

タイトルに<事件簿>と付いていますが、ミステリーではありません。
著者の児玉さんは広島県内でチェーン展開する書店「啓文社」の一社員。
その児玉さんが実際にお店や社内で起こったこと、経験したこと、本を扱う人間として思うこと、仕事仲間やお客さんとのエピソード、そして著者自身の日常などを描いたエッセイです。

とても面白かったです。

さまざまなエピソードから児玉さんの書店員という仕事への真摯な、前向きな思いがストレートに伝わって来ます。
地方書店としての悩み、その中で出来ることを積極的に取り入れていくアイディアや実行力、サービスに対する考え方、同僚との関係など、ただ「書店員」だけに限らずどんな職業にも当てはまるエピソードがたくさんあってとても参考になりました。

児玉さんは(上記の「内容紹介」にも書かれているように)10年ほど前に難病(悪性リンパ腫)を患い、その治療のための手術により下半身不随になり車椅子での生活を余儀なくされています。
そのため書店員としての活躍の他に、その発病からリハビリ、会社復帰までの様子が「闘病編」として約50ページにまとめられています。
そこには、普通であればかなり悲劇的、絶望的であるとも思える難病とハンデキャップに真正面から向き合い、決して諦めず前向きにそれを受け入れ、乗り越えていく児玉さんの力強い姿が描かれています。
そんな児玉さんのために会社をバリアフリーに改築してまで「また一緒に働こう」と待っていてくれた手塚社長を始めとした啓文社という会社の懐の深さ、温かさが感動的でした。
もちろん、その待遇は破格のものだなと思います。
一般的には会社はそこまでしてくれないと考えるのが普通でしょうし、仮にそうしたくとも出来ない場合も多いでしょう。
でも、児玉さんはそうした対応をしてくれる会社に出会うことが出来た、それはとてもラッキーなことだったと思います。
でも、児玉さんは何もせずにそのラッキーに巡り会ったわけではなく、そういう状況や関係を可能にしたのもまたそれまでの児玉さん自身の努力や働きがもたらしたものだと素直に理解できる内容でした。
本当は社会全体がこんなふうにきちんと努力した人が、正当に報われる仕組みであるべきなんですけどね…。

児玉さんは本屋さんであって文筆を職業にしている方ではないのですが、やはり毎日本に触れているだけあって(読書量も相当とか)文章がとても上手なんですよね。
いわゆる「美文」というわけではありませんが、感情がセーブされ、人間関係や時系列などがスッキリまとめられている判りやすい文章で読みやすかったです。
プラス、そこにちょっとした笑いの要素や、話の内容に合わせた本の紹介などもさりげなく挟み込んでまとめあげてしまうセンスもあって、下手な小説家の装飾語ばかりで何が書いてあるか判らない文章よりもずっと好感が持てました。
文章というのはその人の性格や思考方法の反映だと思うので文章を読むとその人がどんな人かよく理解できると思うのですが、その視点で行くと児玉さんは頭が良くて、情熱的だけど同時に理性的、そして気さくで信頼出来る人というイメージですね。
こんな児玉さんが愛して止まない啓文社書店。
機会があったら是非行ってみたい本屋さんです。

ピーター・トレメイン/修道女フィデルマの叡智

  • 2009/07/01(水) 09:45:05

修道女フィデルマの叡智 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫)
修道女フィデルマの叡智 修道女フィデルマ短編集 (創元推理文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
法廷弁護士にして裁判官の資格を持つ美貌の修道女フィデルマが、もつれた事件の謎を痛快に解き明かす傑作短編集。巡礼として訪れたローマの教会で聖餐杯のワインを飲んだ若者が急死、偶然居合わせたフィデルマが犯人を突きとめる「聖餐式の毒杯」ほか、宿屋の幽霊騒動に巻きこまれる「旅籠の幽霊」、大王位継承をめぐる事件に挑む「大王の剣」など、バラエティ豊かな5編を収録。

7世紀のアイルランドが舞台のミステリー短篇集。
「聖餐式の毒杯」「ホロフェルネスの幕舎」「旅籠の幽霊」「大王の剣」「大王廟の悲鳴」の5編を収録。

物語自体は文章も読みやすいし、謎解きも明解で判りやすくて面白かったのですが、なんとなくしっくり来ないまま読み終わってしまいました。

7世紀って言ったら今から1300年も前の時代ですよね。
(日本だったら「大化の改新」の頃ですよ!)
その割にみんな、やたら考え方が合理的過ぎませんか?
自分の利益のために宗教的、道徳的な禁忌を破って悪事を企み実行するような人々が普通に出てくることにちょっと違和感がありました。
国を動かすような高位にいる人間や、知識・教養があるような人間ならそうした言動も理解出来るのですが、そうではない一般的な人々ならばもっと「死」とか「霊」とか「タブー」に対して、大いなる恐れを抱いていたのではないのかしら?と思ってしまうんですが。
なんだかあまりにも軽々とそういう禁忌を飛び越えて犯罪を犯していることにちょっと納得出来ないなあ…という気持ちがずっとついて回っていました。

あと、聖職者には敬称(尼僧殿とか院長様とか猊下とか)を付けて呼ぶのに、それ以外の上位者(上司とか、王族とか、王様その人にも)は何の敬称も付けてないことや、その当時の慣習とか物の名前はそのままの名前で表記されているのに時間の単位が「分」だったりするのや、「アリバイ」なんて言葉が出てくるのも「なんだかな~」って感じでした。

と言っても私には「7世紀のアイルランド」についての知識は皆無で、「古い時代だったらこんな風だったに違いない」という思い込みによる考えでしかないので、単なる言いがかりかもしれませんが。(というかその可能性大?^^;)
フィデルマのように女性でもきちんと高い教育を受け性別による区別なく高い地位を与えられ社会に参加していたというのは事実のようなので、私が想像しているよりも7世紀アイルランドというのは進んだ世界だったのかもしれませんね。

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