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赤瀬川原平『名画読本 日本画編』

  • 2005/11/27(日) 09:43:02

名画読本 日本画編
赤瀬川 原平
赤瀬川原平/名画読本 日本画編

出版社 / 著者からの内容紹介
えっ、日本画ってこんなに前衛〈アバンギャルド〉だったの?

古臭い、堅苦しい、偉そうだ、とっつきにくいなどの先入観があった日本画に、ユニークな視点で新たな鑑賞術を提案する。 北斎の目は高性能カメラだ。「ぼかし」の技術が鑑賞者を快感に導く。日本画は空腹の絵画である……。北斎、広重、歌麿から雪舟、等伯、 光琳まで、巨匠11人の名画14点の奥義に迫る。本文カラー、解説・山下裕二

この本を本屋で見つけたのが東京国立博物館で「北斎展」 を見た直後。
<日本画>という言葉に反応して手にとってパラパラとページをめくってみたら、まさにそこには先日見たばかりの北斎の「神奈川沖浪裏」と 「凱風快晴」が!
しかも著者が赤瀬川原平さんだったら買ってみるべきでしょう、ということでお買いあげ~。

で、読んでみたわけだけど…とても面白かった。

上の内容紹介に日本画について「古臭い、堅苦しい、偉そうだ、とっつきにくいなどの先入観」とあるけど、 私はあまりそういうふうには感じたことがない。
むしろ、抽象的な絵や彫刻などのほうが苦手なので、人物にしても風景にしても基本的に具象である日本画はどちらかというと 「何が書いてあるか判りやすい」という意味でとても親しみやすく感じていた。
でも、それ以上でもなかったことも事実。
ただそこにあるものを見て(というより「眺めて」)いるだけ、って感じの鑑賞しかしていなかったことにこの本を読んで気付かされた。

例えば先日見た「北斎展」でも「神奈川沖浪裏」は “すごい波。青がキレイ。富士山、ちっちゃ~い”、「凱風快晴」は “これが有名な 『赤富士』かあ”くらいしか感想がなかった。
(ムチャクチャ頭悪い感想だな~。恥(泣))

それに対して、この本の中で赤瀬川氏が一枚の絵から読みとる情報量、そしてそこから画家の感情、 作品が描かれた時代背景などを想像する発想力の豊かなことは、同じ絵を見て書いたとはとても思えないものだった。

もちろん氏は自身が有名な前衛美術作家であり私なんぞとはその基本的な才能、素養からして違う、というのも確かにあるだろう。
でも、氏がその題材にした絵の中に見えるものは、同じく私にも見えているはずなのだ。
例えば「神奈川沖浪裏」の中に描かれた小舟にしがみつく波に比べてやけに小さい人々とか、「凱風快晴」の中の鰯雲のいい加減な感じとか。
でも、見えているにも関わらずそれは見ている私の意識には残らない、そんな見方しかしていなかった。

最近、展覧会に行って余裕があるときは館内で貸し出しているイヤホンガイドを借りることが時々ある。
展示してある代表的な作品についてその作品のモデルや時代背景、画家の意図、当時の境遇などを解説してくれる。
これがあるとそれまで目に入らなかった細かいディテールが見えてきたり、 その絵に画家が込めた意味を少しは理解できて絵そのものが一回り大きく、一段明るく見えたりすることがある。

この本の内容というのも、基本的にはそのイヤホンガイドと同じで鑑賞者の意識をより目の前の絵に近づける働きをしてくれている。
ただ違うのは、イヤホンガイドの中にはその絵には描かれていない知識も入っているけれど、赤瀬川氏の解説はほぼ全てがその絵の中にあるもの、 作品さえ目の前にあれば誰でも見えるものが書かれている、ということである。
だからその気持ちがあれば、誰にだって(解釈はともかく)見ることだけは出来るのだ。
で、「見る」ことが出来れば、それをどう解釈しようが自分の好きでいいのだと書いてあった(ような気がする(笑))。

これからも美術館・博物館に足を運ぶ機会は多いと思うので、赤瀬川氏を見習って<見るときは一生懸命に、 でも解釈は自由に>することで今まで以上に楽しめそう。
西洋画編もあるようなので今度読んでみようっと。

最後に残念だったこと。
題材になっている絵はそれぞれ見開きカラーで掲載されているんだけど、 その作品と比較するために語られた他の作品については図版がなかったこと。
小さくてもいいので載せてもらえるともっと判りやすかったのになあ…。

赤瀬川原平の名画読本―鑑賞のポイントはどこか
赤瀬川 原平
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夢枕獏『陰陽師(太極ノ巻)』

  • 2005/11/23(水) 09:37:59

陰陽師 (太極ノ巻)
夢枕 獏
夢枕獏/陰陽師(太極ノ巻)

内容(「MARC」データベースより)
秀麗なる陰陽師・安倍晴明とその朋友で笛の名手・源博雅が平安京で妖怪や悪霊の引き起こす怪奇事件に立ち向かう人気シリーズ第6弾。 『オール読物』掲載の6編を収録。

「瀧夜叉姫」の広告ページで既刊をチェックしたら、一冊だけ読んでいないのがあったので早速図書館から借りてきた。
これはいつもの通りの短篇集。
「二百六十二匹の黄金虫」「鬼小槌」「棗坊主」「東国より上る人、鬼にあうこと」「覚」「針魔童子」の六編を収録。

野の草花が生い茂った晴明の屋敷の簀子の上で酒を酌み交わす晴明と博雅。
目の前に広がる自然の美しさを博雅が愛でることから始まって、それを聞いた晴明が「呪だな…」と言い出すと博雅が 「呪の話になると何がなんだかわからなくなる」ってボヤきながらも「う、うむ…」と聞き始め、それが段々 「そう言えばこんな話を知っているか」と今回のお題の話になっていく。
そしてあらましを話し終わると「ゆこう」「ゆこう」ということになる…。
そんないつも通りの読み慣れた導入部から始まるあやかしの物語たち。

意外な展開になったり、ハラハラドキドキしたりすることはないけれど、これはこれでいいんだという安定した世界観が心地よかった。

晴明と博雅の関係は相変わらず。
ベタベタしてるわけじゃないけど、とても強い信頼で結びついている関係が気持ちいい。
読んでいると表面的にはいつも博雅が晴明に振り回されているようにも見えるけど、実は晴明の方が博雅を必要としているように思う。
「覚」のときも晴明が自分で「一緒に行くか」と誘っておいて、「絶対喋るな」とか「これも持っておけ」 とわざわざ書いた護符を渡したりとかしてるんだよね。
そんな面倒なことするなら最初から一人で行けばいいのに…。
寂しがりやさんなのね(笑)

映画では完全に敵役になっていた蘆屋道満も、 本の中では敵でもなく味方でもなくただ自分の思うままに生きている自然児的なキャラクターで微笑ましい。
特に「鬼小槌」の最後で自分が思ったような報酬を晴明が受け取ってこなかったのを知って「一瞬、べそをかいたようになった」けど、 晴明が準備した酒と火桶を見て嬉しそうに笑う道満が可愛らしかった。
そんなんでいいんだったらいつもの晴明と博雅の酒宴(?)に交ぜてもらえばいいのに(笑)

今回の短篇集で一番印象的だったのは「棗坊主」。
50年ぶりに昔と変わらない姿で寺に戻ってきた恵雲に会いに行きとりとめない話をした後で、 何も言わずにただその顔を見つめるだけで相手にその本当の姿を伝えようとする晴明。
その沈黙の先にある言葉を理解し、「楽しゅうござりました」と微笑んで消えていく恵雲。
そして二人をただ黙って見つめる博雅の眼差し。
どれも何気ないけれど静かで暖かく、慈しみにあふれた表現で、読んでいるうちに泣けてきてしまった。
ほんの20ページほどの短篇だけど、最近読んだなかで一番心を揺さぶられた物語だった。

こういう物語に出会えてしまうのが、このシリーズの凄いところ。
獏さんもあとがきで「一生書いちゃうことになりそうです」と言っているので、これからも続編を楽しみに待っていたい。


<関連サイト>
夢枕獏公式HP---蓬莱宮---

夢枕獏『陰陽師 瀧夜叉姫(上下)』

  • 2005/11/23(水) 09:32:43

陰陽師 瀧夜叉姫 (上)
夢枕 獏
陰陽師 瀧夜叉姫 (下)
夢枕 獏
出版社 / 著者からの内容紹介
都に連続する怪しげな出来事。その事件が、やがて恐るべき陰謀へ繋がり始める。都の存亡の危機に晴明、博雅が大活躍する傑作長篇 。

陰陽師シリーズ、久々の長編。
しかも上下巻。
しかも題材は「将門」…。

ということで、いつもに比べて200%くらい重量感あり。
登場人物も多いし(名前が覚えられないっ!^^;)話もこみ入っていて、 いつものようにサクサクと読み進めることが出来なかったのがちょっとストレス。
でも、文章や構成の巧さは相変わらず。
そのこみ入っているように見えた物語も、読み終わって振り返ってみると「ああ、そういうことだったのね」 と全てのエピソードが繋がってきちんと明らかになるように書かれているし、また、 今そこで会話している場面から何の注釈もなくいきなり回想の中の会話になってしまっても何の違和感もなく、そしてそれは回想 (過去の会話) なんだと読んでいるこちらも瞬時に判断できてしまうところとかもあって、読んでいて「何で?」と驚いてしまうシーンなどもあった。
たくさんの種類の鬼の描写を何行にも渡って書いてあって、 まるで自分がその道の傍らでまさにその鬼たちの一匹一匹をこの目で見ているような気分にさせられる百鬼夜行のシーンも、 淡々としているのに迫力があって面白かった。

ただ、今回の作品では晴明と博雅の関係がいつもよりもちょっと遠く思える書き方だったのは寂しかったなあ。
あの親密な、でもなれあわずにお互いをきちんと尊重している感じが好きなんだけど、そういう場面があまりなかったのが残念。
これは別に2人が仲違いしたとかではなくて、二人の他に人がいるシーンが多かったため。
二人っきりのときは気が置けない喋り方をする晴明も、余人が同席している際にはきちんと博雅を立てて丁寧な言葉遣いをしている。
一方博雅は人がいようがいまいが晴明に対する言葉遣いも対応も変化なし…(笑)
まあ、博雅のほうが官位がかなり上なのだから当然か。

でも二人きりで本音で話せるのは移動する牛車の中だけ、といったような慌ただしい感じも、 この物語の不気味さとか不安を盛り上げる一つの演出になっていたことは間違いない。
(だからと言って晴明や博雅が危険な目に遭うなんてことは全く考えもしないわけだけど(笑))

瀧夜叉姫は確かに重要人物ではあるけれどタイトルになるほどの印象はなかった。
この物語は彼女よりも将門、興世王、俵藤太ら男たちの物語であったと思う。
特に「平将門」という今でも畏怖の対象として語られるけれど、何をしたのかよく判らない人物の一端を知ることが出来る、 という意味で面白い作品だと感じた。

それよりもこの物語の中で一番驚いたのは、晴明の「帝も日本国という蠱毒の壺の中から生み出された呪そのものだ」という意味のセリフ。
確かに納得できる考え方だけど…そこまで言いますか^^;


<関連サイト>
夢枕獏公式HP---蓬莱宮---

高田崇史『試験に出るパズル 千葉千波の事件日記』

  • 2005/11/19(土) 11:47:18

試験に出るパズル―千葉千波の事件日記
高田 崇史
高田崇史/試験に出るパズル 千葉千波の事件日記

出版社/著者からの内容紹介
『QED』の高田崇史があなたに挑戦状!?
眉目秀麗にして頭脳明晰の天才高校生・千葉千波くんが、従兄弟で浪人生の“八丁堀”たちとともに難問、怪事件を鮮やかに解き明かす。 たっぷり頭の体操が楽しめる上質の論理パズル短編5本に、「解答集」、森博嗣氏による解説までてんこ盛り! ご存じ『QED』 の高田崇史が送る新シリーズ第1弾、待望の文庫化。

なるほど…ホントに「パズル」なのね^^;
(試験に出るかどうかはともかく)タイトルに偽りナシ、だった。

推理小説を読んでもストーリー展開や伏線の引き方は気になるけど謎解きについては(よっぽど破綻していない限り) 特に気にしない私としては、謎解きこそがメインである(というか、謎解きのために物語が出来ている)こういうパズルものはとっても苦手。
途中で出てくる千波くんの出題するクイズも事件の謎解きも解く気は全く起きずにただ読み流すだけ、最後の「嘘つきと正直者」 の話の辺りではもう読んでるのも面倒になってしまったくらいだった。
だって意味わかんないんだもん^^;

救いは主な登場人物3人(主役の千波くん、彼の従兄弟のぴいくん(八丁堀)、ぴいくんの同級生の慎之介)がマンガ的な明るさ、 軽さを持っているから物語そのものを読むこと自体は苦痛ではなかったこと。
でも、これ以上は読まなくてもいいかなあ…。

富樫倫太郎『美姫血戦 松前パン屋事始異聞』

  • 2005/11/13(日) 11:41:02

美姫血戦 松前パン屋事始異聞
富樫 倫太郎
富樫倫太郎/美姫血戦 松前パン屋事始異聞

戦の携行食としてパン作りを命じられた和菓子職人が見た箱館戦争とは!? 北の大地を揺るがした幕末維新の凄絶な戦いを描く、 著者渾身の傑作歴史小説。(実業之日本社 WEBギンザ 書籍紹介ページより)

先日著者の 『妖説 源氏物語』を読んだときに、“他にどんな本書いてるのかな~”と思ってamazonで検索したらこの本が一番上に出てきた。
ふと表紙を見ると、おっ!トシちゃんじゃないですか!
これは読まねば、と早速図書館で借りてきて読んでみた。

読む前の私の勝手なストーリー予想では、もっと土方メインの話(しかもラブストーリー。当然アンハッピーエンド(笑)) かと思っていたらかなり違っていた。
土方は確かに重要人物ではあるけど、登場シーンは少な目。
つまりメインキャラクターというよりも、キーマンといった役割だった。
(それにしては表紙のイラストや帯のコピーなど土方を使いすぎでは。確かにそうすれば注目されることが多いと思うけど。私みたいに(笑))

土方が出てくると言っても新選組ものではなく、完全に旧幕府軍が蝦夷に渡ってからの話。
来るべき決戦時の携行食料として旧幕府軍から「パンを作れ」と依頼された和菓子職人 藤吉と、 藩内の対立により惨殺された松前藩の重臣である父の仇を討つべく病を抱えながら旧政府軍に味方する美少女 蘭子、 そして蘭子を見守る旧幕府軍の人々。
それぞれが、それぞれの想いを胸に決戦の日がやってくる…ってな感じのお話だった。

読みやすいし、なかなか面白かったけど、全体的にちょっと物足りない感じかな~。
それは決して土方の登場シーンが少ないからではなく(笑)、物語の軸が複数あるために印象が拡散していたためではないかと思う。
藤吉のパン作りも、蘭子の命がけの仇討ちもどちらも面白い話ではあるんだけど、逆に面白すぎて一緒に書くには紙数が足りなかった感じ。
しかも、そこに合わせて旧幕府軍の内部の様子とか新政府軍との攻防戦の様子も入れなくちゃならないわけだから、さらに大変。
結果、どれも尺足らずになってしまったような感じ。

私としては和菓子職人だったのにいきなりパン作りを命ぜられ、苦労して作り方を習得した藤吉の話が面白かったな。
箱館のロシア大使館までパン作りを学びに行った話や、肝心のパン種を入手するのに苦労した話、 味が薄いのを補うために味噌を塗る工夫した話など興味深い話が多かった。
(これって実話?)

一方で不治の病に冒されながら命がけで父の仇を討とうとする蘭子を見守る土方をはじめとした旧幕府軍の要人たちの描写もよかった。
特に私のお気に入りは元遊撃隊の人見勝太郎と伊庭八郎 (『幕末遊撃隊』以来の再会!相変わらず男前!(笑))の2人。
自軍の敗北はおろか自分の死期さえも目の前に見えているような状況でお互いに気の置けない本音を明るく語り合う2人の会話が切なかった。
人見が伊庭に蘭子に対する自分の気持ちを打ち明けるシーンとか、戦闘の中傷ついた伊庭が蘭子の後ろ姿を見送るシーンが印象的。

結局どちらも良かったんだけど、両方一緒だとなんとなくどっちつかずな印象が残ってしまった。
どうせなら2つの作品に分けた方が良かったような気がするな。

蘭子と土方の距離感とか藤吉、人見、伊庭たちのキャラクター設定などはとても巧くて好感が持てた。
ラストはもうちょっと頑張って欲しかった。

福井栄一『鬼・雷神・陰陽師 古典芸能でよみとく闇の世界』

  • 2005/11/05(土) 11:31:26

鬼・雷神・陰陽師 古典芸能でよみとく闇の世界 PHP新書
福井 栄一
福井栄一/鬼・雷神・陰陽師 古典芸能でよみとく闇の世界

内容(「BOOK」データベースより)
古来、日本人は鬼や怨霊といった「もののけ」の存在を信じ、語り継いできた。本書は、それらをモチーフとする能や歌舞伎などの舞台を通して、 日本人の心の深層に広がる闇の世界をよみとく。陰陽道を駆使して平安京の悪霊に立ち向かった安倍晴明。雷神として恐れられつつも、 信仰の対象となった菅原道真。酒呑童子などの鬼退治で名を馳せた渡辺綱。人間社会と闇の世界との境界にいた彼らはどのように演じられ、 観客を魅了するのか。芸能文化を探究する気鋭の語り部が、跳梁跋扈する「もののけ」の世界に誘う。

最近、安倍晴明(=陰陽師)や菅原道真(=雷神) に関する本をけっこう読んでいるので彼らに関する古典文学の中のエピソードなどは知ってる話も多かったけど、この本はそれだけに留まらず能・ 歌舞伎・和歌・狂歌・落語などあらゆる古典芸能の中で扱われている上記2人+渡辺綱(=鬼)の姿を数多く、 また判りやすく解説してくれていてすごく面白かった。

これを読むと、 日本人は鬼や怨霊や雷神などを恐れながらもそれを自分たちの楽しみとしての芸能に転化することが上手かったんだなと感じる。
(もちろん、「鎮魂」の意味を含んだものもあるだろうけど)
恐れながら親しむ、親しみながらも敬意を忘れない、という感じ。
「光」の隣には「闇」があることが当たり前だった。

最近はどこもかしこも「光」で満たされてしまい「闇」がなくなってしまったから、 そこに隠れていたものがどんどん明るいところに出ざるを得なくなってしまっているんじゃないのかな。
「光」と同時に「闇」とも上手く付き合っていた昔に学ぶものがたくさんあるような気がする。

でも、そんな時代でも時が過ぎ、人の気持ちが変化すると「闇」との関わり方も変化するらしい。
「鬼」は当初不可視の存在であったためその脅威に備えるため平安時代は陰陽師が活躍したけれど、 時代が下り室町時代になると陰陽師の力が弱まってくる。
それは不可視であったはずの鬼の姿が人々の想像によって可視となり、恐怖が薄れてきた(姿があるものなら武力で倒せる)からだ、 という考察が興味深かった。

最近陰陽師ブームが再燃しているのは、もしかしたら不可視の脅威を感じる人が多くなっているということなのかも。

著者の豊富な知識を軽々と扱う語り口の軽快さ、崩れすぎない気安さ、 専門的になりすぎず省略しすぎてもいない適度な情報量で書かれた文章が読んでいて気持ちいい一冊。
とても読みやすくてオススメ。
「世界初の『上方文化評論家』」だという著者本人もなかなか興味深い。(想像していたより若い!)
また他の本も読んでみたいし、機会があれば講演も聞いてみたいな。


<関連サイト>
福井栄一の世界 (公式サイト)

富樫倫太郎『妖説 源氏物語〈壱〉』

  • 2005/11/04(金) 09:06:35

妖説 源氏物語〈1〉
富樫 倫太郎
富樫倫太郎/妖説 源氏物語〈壱〉

出版社 / 著者からの内容紹介
鬼才・富樫倫太郎が描く妖しい「源氏物語」の世界。光源氏の子・薫中将と、同じく源氏の孫・匂宮を、次々と奇怪な魑魅魍魎が襲う! 華麗なる平安伝奇物語。

主な登場人物は光源氏の息子の薫の中将と孫の匂宮なので「源氏物語」というよりも舞台は「宇治十帖」の時代。
薫は自分の出生の秘密を疑っているので気鬱な部分があるけど、真面目で親切な人柄が誰からも好かれる好青年、片や匂宮は三の宮でありながら 「次の世継ぎになるのでは」とささやかれるほど父帝に愛されてはいるけれど、賭けや色事にうつつを抜かして遊び歩いている放蕩息子。
年の近い叔父、甥である二人が連んで歩く(と言うか、匂宮に薫が引っ張り回されている、が正しいかも(笑))先々で巻き込まれる、 鬼や怨霊がらみの事件を二人の友人である少年陰陽師・白鴎と風変わりな彼の祖父・益荒男(ますらお)が解決する、という設定。

タイトルや裏表紙に書いてあったあらすじから想像するにもっとドロドロした重い内容かと思いながら読み始めたら、 思いの外軽くて明るくてサッパリした内容だったのでちょっと肩すかしを食った気分。
つまらないわけではないんだけど、ちょっと物足りなかったかな。

でも、文章はテンポがあって判りやすくて読みやすいし、 薫と匂宮の2人も今その辺にいる若い男の子みたいなノリで喋ってるのが新鮮だった。
(いきなり匂宮のあくびで始まる「源氏」って他にないでしょ?(笑))
最初の想像とは違ったけど、これはこういう物語なんだと思って読めば面白い。

今後薫の自分探しや初めての恋、匂宮との駆け引きなど従来の「宇治十帖」を追ったストーリーが展開されていくと思うので、 魑魅魍魎退治とからめてどう転がっていくのか展開に期待したい。

北森鴻『桜宵』

  • 2005/11/03(木) 09:02:48

桜宵
北森 鴻
北森鴻/桜宵

内容(「MARC」データベースより)
バー「香菜里屋」に集う人々をめぐる事件。東京・三軒茶屋の路地裏にひっそりと佇むバー「香菜里屋」のマスターが探偵役のシリーズ第2弾。 日本推理作家協会賞受賞の「花の下にて春死なむ」に続く連作集。

三軒茶屋のビアバー「香菜里屋」を舞台にした連作短篇ミステリーシリーズ。
「花の下にて春しなむ」に続く第二弾。

面白かった♪

これは私にとって北森氏の数あるシリーズの中でも一番安心して読める作品かも。
他の作品で感じる登場人物への違和感が少ないし、謎の種類も(結果的にそうなってしまうものもあるけれど)いわゆる刑事事件というよりも人と人の間の微妙なボタンの掛け違い、感情のもつれによる心理的な葛藤のようなものが殆どで、いかにもビアバーで酒の肴に話題になるのが合っている内容なのがいい。

それに何よりマスター・工藤の作る料理の美味しそうなこと!
しかも料理好きの人なら「ちょっとマネしてみようかな?」と思わずその気になってしまう感じで、 さりげなく調理のポイントが書いてあるのもニクイ。
こんなお店が会社の帰り道にあったらどんなにいいだろう…と思っているのは私だけではないはず。(断言)
でもいくらくらい持っていけば大丈夫なんでしょうか?
かなりいい食材を使っていそうなのでちょっと不安^^;

ただ、全体的には柔らかい雰囲気でシットリと書いてあるので面白く読めてしまうけど、 実はどの作品の謎も構成が複雑でちょっとくどい印象もあったり。
なので一つの作品として「これは!」と言うのがなかったのは残念。
謎解きよりも、雰囲気を楽しむ作品なのかな。

その中で「約束」は印象的。
人間のエゴ剥き出しのイヤな話で物語的には好きじゃないんだけど、 目の前で起こっていることについては工藤によって解決されるものの、それに付随する様々な事柄は「そういうこともあったかもしれない」 と提示するだけで「でもそれは別の話」として追求することはせずに終わっている。
もしかしたらこういうのって人によって好き嫌いが別れるのかも知れないけど、私は余韻があって巧い構成だと思う。

でも、この作品、以前「香菜里屋」 の常連だった男が故郷の岩手に帰って始めた小料理屋を休みを取った工藤が訪ねていったら忙しかったのでたまたま店を手伝った日に… という展開での話なんだけど、本来のストーリーよりも私が気になったのが「そんな始めたばっかりの小料理屋で、 急にみんなが感心するような料理が出てきたら、その時はいいかも知れないけど後が大変なんじゃないの~?」ってこと。
だって「この間のアレ、美味しかったからまた作ってよ」って言われても困るでしょ?

と、余計なことを心配しつつも…。
新しいキャラクターとして工藤と浅からぬ因縁がありそうな池尻大橋のバーマン 香月が登場するなどまだまだ新たな展開の予感。
第三弾「螢坂」も楽しみ。
また図書館に予約しようっと。

篠田真由美『唯一の神の御名』

  • 2005/11/02(水) 08:58:32

唯一の神の御名―龍の黙示録
篠田 真由美
篠田真由美/唯一の神の御名-龍の黙示録

内容(「MARC」データベースより)
キリストの血をかすめ取った悪霊を追い、倭の国に流れ着いた、不死の吸血鬼・龍緋比古。龍は摂政である聖徳太子と出会い、 主の面影を持つ皇子に付き従うようになったが-。二千年の時を彷徨う竜の過去を描く、シリーズ第三弾。

「龍の黙示録」シリーズ第三弾。
今回は、龍が透子はもちろんライル(ライラ)とさえまだ出会う前の遙か昔の物語。

「朝は紅茶の香り」で透子から話題を振られた龍が自分の過去の旅を語るという形で始まり、古代ローマを舞台にした 「終わりなき夜に生まれつくとも」、飛鳥時代の日本(倭)を舞台にした「唯一の神の御名」の中編2本のあと、 寝そびれた透子が夜の散歩から帰ったライルに龍とライルの出会いのエピソードのさわりを聞く「夜のやさしい獣」で終わるという体裁。
さわやかな朝のシーンから始まって、夜の静けさの中で終わるという構成がしゃれている。
また、殆どが龍の話であるにも関わらず最初と最後に透子とライル(ライラ)の2人の感情を前面に持ってくることでこの2人もまたちゃんと印象を残すようにしてあったり、3人の短い言葉の端々から少しずつその距離を縮めているのが読みとれるようになっているのも上手い。

二千年も生きてしまったからか寡黙で落ち着いていて滅多に感情を表に現さなくなってしまった(少々お疲れ気味の)西暦2000年の龍に比べて、 まだイエスを失った傷口からダラダラと血を流し続け哀しみ、憎しみ、怒り、絶望… などなど全ての負の感情に支配されるまま闘い容赦なく相手を屠っていく激しい龍の姿がとても印象的。

特に前中後編の三部で語られる龍と厩戸皇子との出会いと別れを描いた表題作は、 龍がイエスを失って以来初めて心許した人間厩戸との交流の親密さ、その彼の周りに渦巻く権力争いの物語とともに、「厩戸とイエスの共通点」 に対する指摘や蘇我馬子が厩戸の仏教と対抗するために拝火教を日本に広めようとしたとする設定など、 新しい歴史の視点を提供しくれていてとても興味深かった。

また、龍の持つ能力というのがどんどん拡大して(教わるわけでもないのに完璧にその土地の言葉を操れる、 姿を見られたくない相手には見えない、空を飛べる、瞬間移動が出来る…などなど)弱みがなくなっていく一方、 精神的な面から少しずつ逃げ道を狭めていって最後まで緊張感を失わせなかった構成は読み応えがあった。

何しろ二千年も生きているわけだから龍のエピソードは作ろうと思えばいくらでも出来そうだし、 冒頭とラストでほんの少しだけ語られたライル(ライラ)の昔話も面白そう。
まだまだ楽しめそうなシリーズである。


<参考・関連サイト>
ゾロアスター教(拝火教)-Wikipedia
「木工房 風来舎」「Shinoda Mayumi Official Site」

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