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◆Date:2004年12月
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米澤穂信『春期限定いちごタルト事件』

  • 2004/12/25(土) 16:49:35

春期限定いちごタルト事件
米澤 穂信/創元推理文庫
米澤穂信/春期限定いちごタルト事件この春高校に入学したばかりの小鳩くんと小佐内さんは中学の時からある約束をしていた。
それは「二人で清く慎ましい<小市民>になりきる。そのためならお互いを逃げの口実に使ってもいい」というもの。
ところがそんな二人の前に謎や事件が次々と現れ、不本意ながらもそれに関わることになっていく。
果たして彼らに「正しい小市民」としての未来はあるのか…?!



学園ものに相応しく生臭い話がなくてサクサク読めるし、全体的に面白くないわけではないんだけど…。
今ひとつ手放しで「面白かった!」と言い切れない、微妙な引っかかりがある読後感。

高校生が考えていることを理解するのは無理があるということなのか?^^;
いやいや、年齢を言い訳に使っちゃダメだな。

え~と、まず設定が時々納得いかない。
いくら冷房が効いた部屋だって、汗ばむ季節にココアは飲まないんじゃないの?
いや、好きずきだと言われたらそれまでだけど…何故この話の季節を「初夏」にしてあるのか、というのが謎。

それと、何より謎解きの部分が回りくどすぎる。
特に最後のところ、あそこからあの結末が導き出される過程がよく判らないんですけど…。

人物設定は面白い。
過去に何があったのかハッキリとは語られないまま、ただ<小市民>を目指す(ってまだ高校生なのに!)小鳩くんと小佐内さんもミステリアスで個性的で興味深いけど、私は小鳩くんの友達の無骨な健吾が好きだな。
特に「狐狼の心」で、健吾を上手く言いくるめようとした小鳩くんに向かって放つ一言がこの物語の中で一番いいセリフだった。

文章はかなり好き。
テンポが良くてすごく読みやすくい。
気に入ったので他の作品も読んでみようと思い、早速図書館で『さよなら妖精』を予約。
来年早々には読めるかな。

ところで、ここで言うところの<小市民>ってのは結局どういう意味なのかな?


05/04/03追記
著者の米澤穂信さんのWebサイトを発見。
汎夢殿

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文藝春秋 編『私の死亡記事』

  • 2004/12/23(木) 16:44:58

私の死亡記事
文藝春秋 編/私の死亡記事文芸春秋 編/文春文庫
作家、評論家、大学教授、俳優、国会議員、ジャーナリストなど各界の著名人が文藝春秋の企画に応えて書いた「自分自身の死亡記事」。
文庫化にあたり単行本時の102人に更に12人を追加。



自分が死んだときに他人によって記される「死亡記事」。
自分のことであるのに、自分ではどうすることもできない、他人が判定する「自分の人生の価値」。
それを自分で書いてしまおう、というのは企画としてとても面白いと思う。

総勢114名の各界著名人がそれぞれの形式で自分の「生」について語っておられる。
そう、今更ながら気がつくことだけれど「死亡記事」というのは、その情報の大半が「死」ではなく「生」についてのことなのだ。
その人がどう生き、何を成し、何を残したのか。
それが語られる場なのである。

今、私が自分の死亡記事を書こうとしたらどんなことが書けるのだろうか。
毎日、目の前にある仕事をなんとかやり過ごして、特に苦労もなく、諍いもなく、悲しみもなくまあまあ平穏に暮らしている。
確かにそれだけでもいいのかも知れないけれど、一方あまりの中身のなさに愕然としている自分も間違いなく存在している。
要は「それを自ら選んだのかどうか」ということだ。

この本を読んで「よく死ぬことは、よく生きることだ」という言葉を思い出した。
いつか必ず来るその時に、他人ではなく自分がキチンと納得できる「生」を選んでいたい。
そして見送ってくれる人に「まあ、幸せだったんじゃない?」って言って貰えるように。

毎日何気なく生きている私でさえ、そんなちょっと真面目なことを考えてしまった。
これは「自分がこれからどう生きるか」を考えるために有効な方法を示唆してくれている一冊だと思う。

福井晴敏『月に繭 地には果実(上)』

  • 2004/12/18(土) 16:39:31

月に繭 地には果実〈上〉
福井 晴敏/幻冬舎文庫
福井晴敏/月に繭 地には果実(上)

出版社/著者からの内容紹介

地球を壊滅寸前まで追いこみ、月と地球に分かれ住んだ人類。月の民が企てた「地球帰還作戦」から壮大な悲劇が始まった。ガンダムの歴史に新たな一ページを刻む、SF大河ロマンの金字塔。



タイトルと表紙の絵(天明屋 尚氏)が気に入って読み始めたんだけど残りの中巻、下巻は読むことはなさそうなので(汗)、取りあえず上巻を読み終わった時点での感想を書いておく。

「つまらない」と言うわけではなくて、それ以前に「よく判らない」と言うのが正直な感想。
地球に住む人々と月に住む人々(ムーンレィス)の関係、「いつか」来るであろうムーンレィスたちの地球への帰還のために定期的に送り込まれる調査員の存在、そしてその一人(one of them)として地球に降りてきた少年・ロランが辿ることになる数奇な運命…そうした設定については大体理解できる。

でも、どうにもその情景、特に中盤以降ムーンレィスとミリシャの戦端が開かれてからの状況についての描写が映像として把握できないと言うのが、読み進む上での大きな障害になってしまった。
「大変なことになってるんだろうな~」と言うのは判る(感じる)けど、具体的にどういう状況なのかが判らない状態での延々と続く戦闘描写はかなり苦痛。
「ガンダム」についての知識も興味もないし、SFも殆ど読まない私には少々高すぎるハードルだったらしい。

上巻の最後の部分で展開されるディアナ・ソレルとキエルの取り違えの経緯は面白かったし、その後のディアナの時空を越えた恋の顛末は気になるから残りあと1冊なら頑張ったかも知れないけど、2冊はちょっとね…。


<関連サイト>
「福井晴敏オフィシャルサイト」

柴田よしき『猫は密室でジャンプする』

  • 2004/12/14(火) 16:33:05

猫は密室でジャンプする
柴田 よしき/光文社文庫
柴田よしき/猫は密室でジャンプするバツイチのミステリー作家 桜川ひとみの飼い猫・正太郎が探偵役となって事件を解決する「猫探偵 正太郎の冒険シリーズ」の第一弾。
「愛するSへの鎮魂歌(レクイエム)」「正太郎とグルメな午後の事件」「光る爪」「正太郎と花柄死紋の冒険」「ジングルベル」「正太郎と田舎の事件」の6編を収録。



このシリーズを読むのは初めて。
猫が探偵役だというので軽い感じの作品かなと思って読み始めたら、けっこう本格的な推理小説だった。
この本は正太郎視点の作品(タイトルに正太郎の名前が入っているもの)と、事件の関係者、つまり人間視点の作品(それ以外のもの)が交互に配置されているのだけれど、特に人間視点の作品については文体も内容もかなり重くてちょっと苦手なタイプの物語だった。
それに対して正太郎視点のものは内容は殺人が絡んでいたりしてそれなりに重いものの、文体が軽目で読みやすかった。

著者は意識的に今回のような構成にしたらしいけど、私は全編正太郎視点の作品のものを読みたかったな。
特に「正太郎とグルメな午後の事件」くらいな緩めな作品が私は好き。
その他の作品も正太郎の語る猫の習性や、ミステリーの約束事(ダイイング・メッセージや密室など)についての考察、他の猫仲間や親友のサスケ(チャウチャウ犬)との会話がすごく楽しかった。

この後もシリーズは続くようなので、また正太郎に会えるのが楽しみである。


<関連サイト>
「space shibatay」 著者の公式サイト

北森鴻『支那そば館の謎』

  • 2004/12/11(土) 16:29:33

支那そば館の謎
北森 鴻/光文社
北森鴻/支那そば館の謎有馬次郎はかつて関西広域を荒らし回った窃盗犯であったが、今は京都・嵐山の山奥にある大悲閣千光寺で寺男として働いている。
彼の過去を知らないローカル紙「京都みやこ新聞」の文化部記者・折原けいが持ち込んでくるトラブルを、かつての<裏稼業>で培った能力を駆使して解決していく推理短篇集。
表題作他「不動明王の憂鬱」「異教徒の晩餐」「鮎踊る夜に」「不如意の人」「居酒屋 十兵衛」の6作を収録。



この大悲閣が出てくるシリーズは短篇のアンソロジー集とかで何度か読んだことがあったけど、こうやってまとめて読むのは初めて。

(この間の「孔雀狂想曲」の時も思ったけど)登場人物の設定がちょっと煩い。
例えば折原けいが有馬次郎を「アルマジロ」と呼んじゃうところ(しかも何回も!)とか、ちょっとそのセンスはどうなの?って部分が…(汗)
後半から出てくる作家・水森賢も読んでいてあまり気持ちのいいキャラクターではなかったなあ。
(本人が実際に話の中に登場するのは1作だけなので助かったけど)

物語も謎解きの部分はちょっと強引な感じがなきにしもあらず。
でも、有馬と折原が事件の鍵を求めて歩き回る京都の様子や、行きつけの割烹「十兵衛」での美味しそうな料理の描写は読んでいて楽しかったし、全体的には軽いタッチで読みやすい作品集だった。
あまり真剣にならずに、サクサクッと読むのに丁度いい一冊。

坂東眞砂子『善魂宿』

  • 2004/12/05(日) 16:25:06

善魂宿
坂東 真砂子/新潮文庫
坂東眞砂子/善魂宿人里離れた山奥に建つ合掌造りの大きな家。
かつては何十人もの大家族が住んでいたその家に、今は少年・栄吉がその母と二人きりで暮らしていた。
時々峠を越えようとして道に迷った旅人が立ち寄るだけで人との交流は殆どない。
一夜の宿のお礼代わりに旅人たちが語る「里の話」を聞く母子。
やがて母は少年にその大きな家に秘められた昔話を語り始める。

白川郷の大家族制の成立と崩壊を男女の性とそこに存在した因習を中心に描いた連作短篇集。



坂東氏の作品は随分前に(確か)『狗神』を読んだきり。
しかもその時は内容や文章が好みに合わなくて途中で放り出してしまったので、一冊ちゃんと読み終わったのは今回が初。
何となく雰囲気的に「暗い」とか「重い」と言うイメージがあったんだけど、この作品は「連作短篇」と言う形式だったせいか思ったよりもすんなりと読むことが出来た。

この物語はあくまで「創作」であるけれど、そのベースとなったのは過去に飛騨、白川郷の合掌造りの家で実際に生活していた20~40人もの大家族制度のある村らしい。
しかもそれが消滅してからまだ「何十年か」しか経っていないとか。
もちろんそうした家族形態が全国的なものであったとは思えないけれど、少なくともこの日本のどこかには「何十年か前」と言う手を伸ばせば届きそうな近い過去に於いて今では考えられないような家族制度が存在していた、と言う事実に驚かされた。

そして長い間その地方、その家の因習の中で守られ、育ち、それを受け継いできた大家族を構成する人々の意識が、外の世界を覗いてきたたった一人の少女の発言や行動によって揺らぎ、その「家族」としての形そのものさえも瓦解して行くとした物語が非常に印象的だった。

鴻上尚史『鴻上尚史のごあいさつ―1981-2004』

  • 2004/12/05(日) 16:20:06

鴻上尚史のごあいさつ―1981-2004
鴻上 尚史/角川書店
鴻上尚史/鴻上尚史のごあいさつ―1981-2004初日の公演前、最後の指示を出し終わってから開演までの2時間、何もすることがなくなった演出家がそのポッカリ空いてしまった時間に不安に押し潰されないために書き始めた観客へのメッセージ。
24年前の旗揚げ公演から書き続けたこのメッセージ「ごあいさつ」をまとめ、著者自らが解説を付けた一冊。



鴻上さんの舞台を見に行くと劇場の椅子の上で大量のチラシとともに観客を待っている「ごあいさつ」。
舞台の方は大好きなんだけど私にとってはすごく抽象的で難しくて何を伝えたいのか判らないまま見終わってしまうことが殆ど。
(でも、最後は必ず泣いていた。頭では判らないけど、心では感じたってことかな~?それともムードの問題?(笑))
それに比べると「ごあいさつ」はもうちょっと易しい言葉で書かれていて気持ちにスーッと入ってくる感じがして、舞台の前にザワザワしている客席でこれを読むのが大好きだった。
お芝居見るよりも、「ごあいさつ」貰う方が楽しみだったのかも(失礼(笑))。

そんな「ごあいさつ」を集大成した本なので「さぞ感動出来るのだろう」と期待していたんだけど、そんなこともなかったなあ。
とは言っても、やっぱり痛い部分はそれなりに痛いし、沁みる部分はちゃんと沁みる。
でも、何となくそのレベルとか距離感が違う。

やっぱりあの「ごあいさつ」は開演前の劇場全体を包む緊張感、観客の期待感が一体となった空間で読むからこそ良かったのかな。
そして「大学ノート」に「手書き」されたものの「コピー」である、と言うのもやはり重要かと。


私にとって一番印象深い「ごあいさつ」は、イギリス公演から帰ってきた後の'91年(私が観たのは'92年の東京公演)「天使は瞳を閉じて インターナショナル・ヴァージョン」の時のもの。
この作品については初演も、そしてそのイギリス公演も観ていたのでそれだけでも特別な舞台だったし、精神的にもちょっといろいろあってキツかった時期だったので余計に記憶に残っているのだろうと思う。
ここに書かれた『二度と語られなかった言葉の想い』に関する話が、その当時の自分の精神状態にど真ん中ストライクで直撃される内容だったので開演を待つ客席でそれを読みながら泣いてしまった自分を思い出す。
(恥ずかし~(汗))

その時、『二度と語られなかった言葉の想い』に関する話を題材にした「ファントム・ペイン」は<次回作>のタイトルだと書かれていた。
私は(それまでのペースから考えて)その物語には遅くとも半年後には出会えるだろうと思って楽しみに待っていた。
なのに!その直後から第三舞台は休止状態に入り次回の公演があったのは3年後、しかもそれは「ファントム・ペイン」ではなかったのだ!

結局その後「ファントム・ペイン」は「ごあいさつ」を読んでから10年後の'01年に上演されたのだが、それは驚くことに<第三舞台20周年&10年間封印公演>でもあった。
これだけでもチケット入手は難しいことは想像できるし、しかも私自身のお芝居(のチケット取り)に対する情熱が昔ほどではなくなっていたこともあって結局私はこの舞台を観ることは出来なかったのだ。

と言うわけで、私の『二度と語られなかった言葉の想い』の物語は未だに完結していない。

これが「鴻上さん」「第三舞台」「ごあいさつ」と聞いて一番初めにに思い浮かぶ「私の物語」である(笑)


カバーを取ると表紙に、ある公演の手書きの「ごあいさつ」が印刷してあった。
これがこの本のための特別な「ごあいさつ」だったら、すごく嬉しかったんだけどな~…と思うのは贅沢?


<関連サイト>
「thirdstage.com」

平岩弓枝『椿説弓張月』

  • 2004/12/02(木) 16:14:51

椿説弓張月
平岩 弓枝/学研M文庫
平岩弓枝/椿説弓張月

内容(「BOOK」データベースより)
江戸時代後期の作家、滝沢馬琴の出世作。
大ベストセラーとなり、浄瑠璃や歌舞伎にもとりあげられてヒットした。
物語は、伊豆大島に流されて死んだはずの源八郎為朝が、実は生きていて、やがて琉球に渡り、王家の内紛で大活躍するという波瀾万丈の活劇ドラマ。
『御宿かわせみ』などで知られる時代小説作家、平岩弓枝の現代語訳が、いきいきとその面白さを伝える。



いや~、面白かった~!
「確か三島が歌舞伎の作品にしていたような?」という程度の知識しかなく内容は全く知らないまま読み始めたんだけど、為朝の波瀾万丈な人生とか(その当時は遠い異国であったであろう)琉球でのお家騒動とか怪しい人物や破天荒なエピソード満載の物語ですごく面白かった。
確かに歌舞伎の題材としては最適な物語。
話の進み方とか登場人物の設定なんか最近のファンタジー作品にも通じるものがあるような気がした。

江戸時代ってこんな荒唐無稽でスケールの大きい物語がベストセラーになっちゃうんだ。
しかも、この本は200ページ強の文庫なのに対して、元本は前編、後編、続編、拾遺、残編の全五編、29冊もある大作らしい。
物語の面白さと同時にその時代の庶民の懐の大きさとか、面白いもの、新しいものに貪欲な感じが身近に感じられるような物語だった。

現代語訳をした平岩氏の文章はとても読みやすいし、氏自身もこの物語が小さい頃から好きだったとのことなので抄訳するに当たってもその面白さをなるべく残して訳してくれたのだと思われる。
でも、やはり短くなっている分話の展開が早すぎて物足りない部分もあった。
元本だったらもっとたっぷり書いてあるんだろうなあ…。
でも、私には元本を読み切るパワーはなさそうなので、このくらいが丁度いいのかも(汗)

いつか歌舞伎で見てみたいなあ。
なかなか上演されることがない演目らしいけど、次にやるときはぜひ。
(最近では2002年の年末に歌舞伎座で上演されたらしい。)

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