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益子貴寛『伝わるWeb文章デザイン100の鉄則』

  • 2004/10/24(日) 15:46:53

伝わるWeb文章デザイン100の鉄則
益子 貴寛/秀和システム
益子貴寛/伝わるWeb文章デザイン100の鉄則この手のPCやWeb関連の実用書を買うのは結構好きなので、家の中に何冊もあります。
…が、買うとそれだけで安心してしまい、最初の数ページを読んだだけでそのまま積んでしまう事もしばしば。
そんな私なのですが、この本は珍しく一気に全編を読了しました。
「文章」について書いてある本だけあって、やはり文章が簡潔で読みやすく、判りやすいのが良かったです。

内容は【技術編】としてHTMLやCSSの扱いによるWebの「見た目」について書かれた『「見せる」Web文章デザイン』、【表現編】としてコンテンツの内容を表現する文章術について書かれた『「読ませる」Web文章テクニック』、そして【応用編】としてメールマガジンのテーマの選び方やレイアウトについて書かれた『メールマガジンの文章術』の3つのパートに別れています。
そしてそれぞれ【技術編】に44、【表現編】に43、【応用編】に13、合計100の基礎知識やアイディアが見開き2ページの中にまとめられています。
(この「見開き2ページ」と言うのも読みやすさのポイントですね!)

私は4年ほど前からWebサイトを作っているのですが、この中の特に【技術編】の部分については殆どルール違反、と言うか無視状態でした…(汗)
読んでいて耳が痛かったです…。

ここに書いてある内容の一つ一つは決して目新しいものではありません。
Webサイトを運営する上で、ホントに基本中の基本とも言える事ばかりです。
ただ、それをこうして具体的に文章にして「これはこうでしょ?」と提示されると、「あ、なるほど。そう言うことなのね!」と改めて考えさせられることがとてもたくさんありました。

私の場合、当時持っていたPCにホームページ作成ソフトが付いていたので何の予備知識もなしに「じゃあ、私も」ってノリで作り始めたのが最初でした。
なので当時、私の頭にあったのはただ「見た目」だけ。
その結果、少なくとも私にとっては見た目がいいWebサイトが出来上がり、そのまま今に至っているわけです。
ただ、それはこの本によると、まるでダメダメな構成のサイトだったんですね(汗)
(その後、何度かレイアウト変更などをしましたが、とてもそんな小手先で改善出来るようなダメさ加減ではなかったのです)

この本は、基本的な内容から「初心者用」とも思えますが、実は私のような「何も考えずに始めてしまった経験者用」と考えた方がいいのではないのかな、と思いました。
実際、今までWebサイトを作っていたからこそ判る部分がかなり多かったような気がします。
特に【技術編】については今の自分でさえちょっと難しいくらいなので、全く経験がない時点で読んでいたらそれだけで挫折していたかも…と思えてしまいますが、今だったらそれは単なる「技術」ではなく、「心構え」、「心遣い」の問題なのだと理解することが出来ます。

一方【表現編】の部分も、blogを使うことでデザインよりも文章を書くことが中心になってきた最近の状況にピッタリの内容でした。
「ここはどうすればいいのかな?」と迷っていた部分がいくつも、明解な説明と共に具体的な方向性が指示されていてとても参考になりました。

Appendixもたくさん用意されていて、実に細かいところまで考えられた一冊。
感想を書くだけでは意味がないので、今後も傍に置いて活用していきたいと思います。



<関連サイト>
「CYBER@GARDEN」

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米村圭伍『退屈姫君 海を渡る』

  • 2004/10/23(土) 15:25:19

退屈姫君 海を渡る
米村 圭伍/新潮文庫
米村圭伍/退屈姫君 海を渡る五十万石の大藩・陸奥磐内藩から二万五千石の小藩・讃岐風見藩に輿入れしためだか姫は御歳十七歳。
夫である風見藩主・時羽直重が参勤交代で国許に戻っている間、おてんば姫は江戸屋敷でお留守番。
暇つぶしにお忍びであちこち遊びに出掛けているうちにひょんな事から風見藩の取り潰しを画策する田沼意次と対決し、その陰謀を見事風見藩を救ったのはつい先日の事。
またしても退屈を持てあまして面白いことを探していた姫の元に届いたのは藩主・直重が消えた、と言う大ニュースだった。
夫の、藩の一大事を救うため、めだか姫は一路ウキウキと風間藩を目指すのであった。



文庫書き下ろしの「退屈姫君」シリーズ最新刊です。
相変わらず軽快なテンポでサクサク読めて楽しめました。
何よりも何が起こっても悩んだり、困ったり、悲嘆に暮れたり、誰かのせいにして怒ったりすることなく、前向きにその問題に立ち向かっていく(と言うか「首を突っ込んでいく」?(笑)」)めだか姫の明るさが気持ちいいです。
しかも、それでただ騒いでいるだけだったらただの「傍迷惑なバカ姫様」になってしまうところですが、彼女の場合そこにちゃんと大名のお姫様、奥方様としての知恵や機転や心構えなども持った上で行動しているのが突飛な事をしても「やれやれ」と思いつつ笑って見ていられるポイントですね。
その辺りのバランスがとてもいいです。

タイトルが『海を渡る』となっていたので、「まさか、めだか姫が外国へ?!」と思ったのですがさすがにそこまでは行きませんでしたね(笑)
海を渡って行く先は夫・直重の故郷 讃岐の国でした。
でも、参勤交代で国主が国許に戻っている間の<人質>として江戸詰めが義務づけられている家族が、公儀に黙って江戸を離れる事自体当時の大名家にとってはお家取り潰し級の大事件なわけで…。
それにも関わらず「待ってました!」とばかりにイソイソ出掛けていってしまう辺りがさすが、めだか姫です。
とは言っても、拉致され行方不明になっている当の直重も、その幽閉先でのんびり温泉に浸かっていたりするわけで、こちらはこちらでなかなかの人物かと…さすが、めだかを妻に持つだけありますね(笑)

お家乗っ取りの陰謀…とは言っても話の筋立てや登場人物の役割はかなりシンプルで判りやすくなっています。
そして、姫に対立する悪役もかなりステロタイプな設定。
それに対して味方側は一癖も二癖もある個性的な人物達ばかりなのです。
つまりTVの「時代劇」的なつくりかたなんですね。

文章を読んでいてもかなり視覚的な印象が強い書き方になっているので、著者もかなり意識的に書いているのではないかと思います。
ここは一つ連続ものでTV化…と言うのはちょっと難しいかも知れませんが、2時間ドラマとかくらいなら楽しい作品になりそうですね。
そうなるとめだか姫は誰かな…「あやや」とか?ちょっとベタかな(笑)
でも、みんな個性的なので誰に誰をやらせるか考えるだけでも楽しい♪

この作品の中にはシリーズの前作(『風流冷飯伝』『退屈姫君伝』)の設定があちこちに出てきます。
軽く説明を入れながら書いてあるので前作を知らなくても全く判らないと言うことはありませんが、やっぱり読んでおいた方が楽しめると思います。
ちなみに私はどちらも読んでいるので「大丈夫!」と思っていたのですが、いざ読んでみたら前作の内容をかなり忘れていて途中「??」な部分がかなりありました(汗)

最後には直重の失踪も「乗っ取り事件」もちゃんと解決して「めでたし、めでたし」で終わるのですが、同時に次の事件への布石もバンバン打ってあって次回作への序章の序章、と言った感じのエンディングでした。
退屈姫君は次はどんな事件に巻き込まれていくのか…楽しみに待ちたいと思います。

磯田道史『武士の家計簿』

  • 2004/10/19(火) 15:20:34

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新
磯田 道史/新潮新書
磯田道史/武士の家計簿『金沢藩士猪山(いのやま)家文書』。
長い間「武家の家計簿」を探し続けていた著者が古書店の目録から偶然見つけたこの古文書には、加賀藩の御算用者・猪山家の約三十七年に渡る家計の記録が残されていた。
幕末から明治へと大きく変動する時代の波を乗り越え、極貧の御算用者から海軍の要人へと出世していく猪山家を追う。



話題の作品。
噂に違わぬ面白さ、でした。

幕末と言うと最近話題のキーワードだし、小説やドラマなどでもよく目にするので「多分こんな感じ」と言うイメージが大なり小なりあるかと思うのですが、これを読んで「イメージというのはイメージに過ぎないんだなあ」と言うことを改めて感じました。
やはりリアリティの面白さには敵わないですね。
もちろんこれは日本の中の加賀藩の、その中の猪山家と言う一つの家族の記録でしかないわけですから、これがその時代の日本の全てを表現しているわけではないと思うのですが、それでも三十七年の長きに渡る綿密な家計簿と日記、手紙などの文書から見えてくる家族の姿と言うのはどんな名作の小説よりもドラマよりも説得力があると感じました。

何よりも印象的だったのは猪山家が借金を返済するために家財全てを売り払った時の品目とその代価の一覧表でした。
武家としての家格を守るための費えのために借金を繰り返し、その借金によって首が回らなくなった時に猪山家は「裸一貫から出直そう」と全ての財産を売り払ったのです。
妻の嫁入り道具の着物から茶道具、算用者としての参考書を始めとした書籍、什器、家具など家中のめぼしいものは全てと言えるほどの品目を一つ一つ書き出し、それがいくらで引き取られたかを綿密に書き付けた猪山家の決意。
そしてその内容を丁寧に解読し、まとめあげ、読者に判りやすいように現代感覚の金額まで計算して一覧表にした作者の熱意と愛情。
そのどちらかでも欠けていれば、私達はこの貴重な資料に出会うことがなかったのだと思うととても不思議でありがたい気持ちになりました。

それ以外の部分でも小説やドラマのように「格好いい」や「劇的」ではなく、むしろ泥臭く現実的ではありますが、だからこそ今の日本とオーバーラップして説得力のある100年前の日本の姿が描かれているのがとても興味深かったです。

この本の中から見えてくるのは、幕末から明治へと大きく動く時代の中で人と争わず自分の職務に忠実に励んだ結果「成功」を手にした猪山家と言う武家の一家であることはもちろんですが、それと同時にその彼らが遺してくれたものを宝物のように嬉しそうに愛おしく読み解き、そしてその感動や楽しさを読者にも分け与えたいと思いつつこの本を書いたのであろう著者の姿でもあります。
著者の磯田氏は多分この文書を発見した時、これと出会うために今まで研究を続けていたと言ってもいいくらいの感動を覚えたのではないでしょうか。
淡々とした中にもそうした著者の愛情が端々から感じられる、読んでいて気持ちのいい作品でした。

もちろん幕末の資料としても一流だと思いますので、興味のあるかたは是非ご一読下さい。
オススメです。

米原万里『旅行者の朝食』

  • 2004/10/14(木) 15:17:40

旅行者の朝食
米原 万里/文春文庫
米原万里/旅行者の朝食ロシア語会議通訳の草分けであり、作家でもある米原万里氏の食いしん坊エッセイ集。

楽しかったです♪

エッセイは大きく分けると書く人によって対象を「けなす系」と「誉める系」そしてどちらでもない「淡々と描写系」に分けられるんじゃないかな、と思います。
米原さんは「誉める系」ですね。
もちろん誉めるばっかりじゃなくて、中には苦言を呈したり、辛辣なダメ出しをしたり、と言う部分もあるのですが、そんな部分でも根底には対象に対する愛情があることがちゃんと感じられるのでとても気持ちよく安心して読んでいられます。

そんな米原さんの作品の中でも、このエッセイ集は一番愛情に溢れている一冊になっていると思います。
何故ならその題材が米原さんの大好きな「食べ物」についてなんですから。

お父様から受け継いだ健啖家としての素質と好奇心、そして美味しい物へのこだわりと想像力と努力を最大限に発揮して美味しい物を追求するその姿は感動的ですらあります。
私ももちろん不味いものよりは美味しいものの方が好きですが、「並ばなくちゃ食べられないすごく美味しい物」より「並ばずに食べられるそこそこ美味しい物」を選んでしまうようでは一生たどり着けない境地だなぁ、と(笑)

もちろん、その感動には米原さんの卓越した記憶力、描写力、構成力が重要な役割を果たしていることも忘れてはいけません。
遠くの方から始まって「どこに行くのかな?」と読み進むうちに少~しずつその核心に近づいていって、最後は「ニヤリ」とした笑いで締めくくられる上質なエッセイが満載です。
そしてその中にはロシア語通訳として何度もかの地を訪れている著者にしか書けない、知られざるロシアの姿もきちんと描かれています。

どれも楽しい内容でしたが、特にジャガイモが世界に認められるまでの変遷を描いた「ジャガイモが根付くまで」と、小さい頃に食べた夢のように美味しい「ハルヴァ」と言うお菓子をひたすら探し回る「トルコ蜜飴の版図」は読み応えがあって面白かったです。
私も「ハルヴァ」食べてみた~い!

山田風太郎『忍法帖短篇全集6「くノ一忍法勝負」』

  • 2004/10/12(火) 15:14:29

くノ一忍法勝負 山田風太郎忍法帖短編全集 (全12巻)
山田 風太郎 日下 三蔵/ちくま文庫
山田風太郎/忍法帖短篇全集6「くノ一忍法勝負」全部で6篇(+絵物語 「忍者撫子甚五郎」)の作品が収録されていますが、色々な印象の作品が集まっていてバラエティに富んだ内容でした。
ただ、その分全体的には印象が拡散していてちょっと希薄な感じがあったかも…。

印象的だったのは「呂の忍法帖」と「淫の忍法帖」。
この2作品はこの作品集の中でも最も距離のある場所にあります。
「呂の忍法帖」は子種がない主君に世継ぎを設けるために考え出された荒唐無稽な忍術が笑いを誘うし(特にあの図解は!(笑)それにこの話はハッピーエンドなのがいい)、一方「淫の忍法帖」は主への忠誠にがんじがらめにされた忍者の凄惨なまでの生き様とその救いのない末路に呆然としてしまいます。
こんなに趣の違う作品であるのに、どちらも同じように書き手の感情を交えずに声高にならず淡々とそこにあるものを描写しているところに風格を感じました。

畠中恵『ぬしさまへ』

  • 2004/10/09(土) 15:11:10

ぬしさまへ
畠中 恵/新潮社
畠中恵/ぬしさまへ十七歳になるというのにちょっと出歩くとすぐに熱を出して寝込んでしまうほど病弱な一太郎は、お江戸・日本橋の大きな回船問屋・長崎屋の大事な跡取り息子。
その生活を守るのは彼の兄やであり、今では商売を仕切る手代となっっている仁吉と佐助。
実はこの二人、三千年の齢を重ねる大妖である一太郎の祖母が呼び寄せた「白沢」と「犬神」と言う妖なのであった…。
『しゃばけ』に続くシリーズ第二弾。



このシリーズは一太郎の身の回りで起きた事件を、仁吉と佐助を始めとした妖たちの力を借りて一太郎が解き明かす捕物帖の形を取っているのですが、正直な話 私はその謎とか謎解きの部分はあまり興味がありません。
では何がこの作品の魅力かと言うと、一太郎を取り巻く様々な妖たちの個性的なキャラクターと、その過剰なまでの愛情をちょっと鬱陶しく思いながらもそのそれぞれを愛おしく思っている一太郎とのやり取りです。

身体が弱くなかなか自分の思い通りにはならないけれど、優しい両親と何不自由ない生活、そして自分を心配する妖たちに見守られている「恵まれた自分」をきちんと認識し、周りに甘えることなく自分に出来るだけの事はきちんとやり遂げようとする若だんな一太郎の頑張り。
そしてその若だんなのために少しでも役に立とうと思いつつ、人とはちょっとずれた感覚のため思い通りの結果になかなかたどり着けない妖たちの可愛い自己主張。
お互いがお互いを大事に思っている、そんなたわいない両者のやりとりが何とも暖かくてホンワカした気分にさせてくれました。

ただ作品全体に言えるのですが、一太郎サイドの登場人物はみんないい人(ヒトじゃない方が多いけど(笑))ばっかりなのに、それ以外の登場人物は意外なくらい悪役が多いのがちょっと気になりました。
例えば「空のビードロ」は、一太郎の腹違いの兄・松之助の窮地を一太郎の真っ直ぐな気持ちが救うと言うちょっとジンワリ来るいい感じの作品だったのですが、この中でも前半、松之助の奉公先でのエピソードは読んでいてちょっと辛かったです。
もちろんそこで松之助が追いつめられ、自暴自棄になるからこそ後半の一太郎との出会いが生きるのだとは思うのですが、あそこまで他の登場人物を「イヤなヤツ」にする必要はあったのかな…と。

せっかくいいキャラクターと雰囲気を持っているのだから、こういう善悪をきっぱり分けるような書き方ではなくもっとゆったりとした作品であった方が味わいが出てくるのではないかな、と思います。

なのでこの中ではそういう部分があまり出てこない「虹を見し事」が一番好きでした。
妖たちを敢えて消すことでその重要性を認識させる描き方や、それに対する若だんなの不安な気持ちの描き方も上手かったし、結末も切なくてちょっと泣けました。

木内昇『新選組 幕末の青嵐』

  • 2004/10/03(日) 15:05:08

新選組幕末の青嵐
木内 昇/アスコム
木内昇/新選組 幕末の青嵐江戸の外れの無名の道場から、京の町へ。
風に乗る雲のように脆く、素早く変化していく時代に翻弄されながら、おのれの生きる道に悩み、惑い、葛藤し、尚信じるに足る何かを求め続けた若者達の心を描く物語。



ものすごく良かったです。
新選組ものとしてはもちろん、今まで私が読んだ小説の中でもベスト10に入るくらい面白く、また心を動かされた作品でした。

知らない作家さんだったし価格もちょっと高かったので図書館で借りてしまいましたが、読み終わって改めて購入して手元に置いておきたいと思いました。
幕末に生きた青年達の若さが眩しい一冊。
オススメです。

まず何よりも、時系列の流れに合わせて主な隊士一人一人を主役に据え、その視点を通してその状況を、そして自分自身と自分から見える周りの人物を語らせると言う構成が非常に効果的でした。
これによって近藤、土方、沖田などの主立った人物だけでなく、あまり表面に出てこないけれども彼らと生死を共にした隊士達の揺れ動く心の中を覗くことが出来ます。
そこに立ち上がって来るのは、京の町を震撼させた組織としての「新選組」ではなく、大きく動いていく時代の波の中で何とか自分の居場所を探そうとあがく若者達一人一人の姿です。
一緒の場所で暮らし、闘いながらも決して一枚岩ではなく、それぞれが別々の未来を探して迷ったり立ち止まったりしている彼らの姿がとても新鮮で、改めて「ああ、みんなこんなにも若かったんだなあ」と言う感慨を持ちました。
歴史の中や小説の中で語られる彼らは既に「判っていて」「信じていて」「出来上がっている」イメージがあったのですが、考えてみればいずれもまだ20代なんですよね。
確かに今の時代よりも少しばかり早く大人になっていたであろうけれども、それでも「若者」であった年代。
そんな彼らが時代や国の行方どころか自分の未来さえもしかとは見据えられない事に苛立つ姿が生き生きと描かれていました。

そして、その若者達を描く筆の力の繊細さと力強さ、表現の巧みさ。
どの物語の中にも心に響く描写やセリフがあって、図書館から借りた本だというのにたくさん付箋紙を付けてしまいました。

以下、引用。
「京に残る、と清河に宣言したあんたの姿は実に見事だった。あの姿を見たからこそ、皆が残ろうと決めたんだ。自然の行いが人を惹きつける、そういう人間は限られている。将器というのは望んで得られるものではない。持って生まれた才能だ」(p88)

けれど、沖田はなにも言わなかった。
後悔や詫びを言うのはたやすいが、こうなってはそれももう自分を救うだけのことだ。顔にも感情は出さないようにした。山南を見て、そう決めた。(p297)

斎藤は、繋がりというものから隔絶したところで生きている。時折、自分は未だ知らないその繋がりさえあれば、他のことなどたいしたことではないだろう、とふと思うときがある。(p346)

組織の中で与えられた仕事を成すことは、様々な情を押さえながら進むことと等しいのかも知れない。仕事を遂行すること、そこで関わる同朋の人間性を愛すること。ふたつの意志は仕事を極めようとすればするほど、うまく重ならなくなる。無理に重ねると、どこかで歪みが生じる。下手に情に走ることで結局、仕事どころか仲間まで失うことにもなる。どこかで割り切らねばならない。わかってはいるが、永倉は未だにそれが、どうにも辛くてたまらなくなるときがある。(p377)

「近藤さんやら沖田やら、他の連中のこともそうだが、あんたはこれと決めた他人のことは信用するくせに、そいつらから自分が信用されてるとは思えねぇんだな。完璧に采配を振るうことだけが相手を救うと思っている。采配なぞ間違っていても、自分の信用した奴がしたことなら、俺はどんな結果でも受け入れるが」(p461)

ここに描かれている若者達の迷いや、悩みは現在の組織に属している私達にも当てはまる事が多いです。
なので読んでいると、新選組の話というよりもどこかの小さくて若い企業に勤める若手社員が上司や同僚との関係や仕事に悩んでいる話のようにも読めました。
そういう観点から見ても面白い作品でした。


全編通して隊士達の真摯さに胸が熱くなって特に後半はかなり泣ける作品だったのですが、その中で武田観柳斎の視点で描いた「桝屋」の章の部分だけがかなり異色でした。
あまりの風見鶏的なその思考・行動に読んでると腹が立ってくるのですが、同時にすごく(他の部分とは別の意味で)面白く印象的でした。
もう一回くらい出てきてくれても…と思っていたら、そのまま殺されてしまったのが残念。

この作品でも近藤の評価は今ひとつでした。
特に京に上ってからは殆どいいところなし。
その代わり、土方の活躍ぶりはスゴイです。
その差と、それにも関わらずどんな場合でも近藤を一軍の将としてひとかどのものにしようと心を砕く土方の思い込みのギャップが相変わらずちょっと謎な感じが残りました。
でも、多分土方は「そうである自分」を終生楽しんで生きていったのでしょう。
それでも、歳三は、石田散薬のつづらに剣術道具を括りつけながら、一度だけこう言ったのだ。

「なあ、彦五郎さん、俺は出会ったのかもしれないよ」



ペーパーバッグのような紙質と本文にランダムに挟み込まれた風景写真も内容に合っていて素敵でした。


■著者 木内昇氏のwebサイト/「Spotting-web」

木内氏は女性なんですね。
名前も男っぽいし(「のぼり」と読むとのこと)、文章も硬派だったので全然気が付きませんでした。
他の著書も読んでみようと思ってます。

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