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◆Date:2004年05月
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ポール・ギャリコ『トマシーナ』

  • 2004/05/31(月) 13:21:24

トマシーナ
ポール・ギャリコ 山田 蘭
ポール・ギャリコ/トマシーナスコットランドの片田舎インヴァレノックで一人娘のメアリ・ルーと暮らすマクデューイ氏は町で唯一人の獣医師。
その診断の正確さと処置の適切さには定評があったが、同時に他人に対する高圧的な態度や動物に対して愛情も興味も抱かない性格は「変人」と噂されてもいた。
ある日、メアリ・ルーの愛猫トマシーナの身体がふとした事故で動かなくなってしまう。
メアリ・ルーは父親がトマシーナを治してくれると信じていたが、彼はトマシーナを安楽死させてしまうのだった。
絶望し父親に対して心を閉ざすメアリ・ルー。
一方トマシーナは森の中で<魔女>と呼ばれる不思議な女性ローリの元で新しい魂を与えられていた。



とても面白かったです。
今年読んだ本の中で一番感動しました。

頑固な寂しがりやだったマクデューイ氏が自分を否定する愛娘との関係に悩み、人々から<魔女>と呼ばれるローリと触れあう中で少しずつ心を開いていく様子がとても自然に丁寧に描かれています。

物語の中には「愛」、「信仰」、「友情」、「信頼」、「希望」、「生」、「死」、「命」…などなどの深いテーマがギュッと詰め込まれています。
でも、あまり難しく考える必要はありません。
この物語の持つ暖かさ、優しさ、哀しさ、不思議さを素直に楽しめばいいだけです。

山田蘭氏による訳文が自然で、リズムがあって、綺麗でとても読みやすかったです。
(同様に和田誠氏によるトマシーナのイラストの表紙も絶品!)
文章は三人称で書かれている部分と、トマシーナの一人称で書かれている部分があるのですが、特にこのトマシーナの部分がすごくいい!
気まぐれで誇り高くて甘えん坊のトマシーナが無茶苦茶可愛いかったです♪

猫好きの人にはもちろん、そうでない人にもぜひ読んで欲しい1冊です。

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あさのあつこ『バッテリー』

  • 2004/05/30(日) 13:18:35

バッテリー
あさの あつこ
あさのあつこ/バッテリー主人公・巧は少年野球のピッチャーとして大人も驚くほどの才能を持っている。
そんな巧が中学入学直前に父親の転勤でやってきた山あいの地方都市で新しい野球仲間と知り合う。
自分の実力に自信を持つがゆえに高圧的で協調性のない態度を貫いてきた巧が、その仲間、特にバッテリーを組むことになる同い年の豪との関わりによって少しずつ変わり始める。



両親の出身地でもあるその町の新しい関係の中でその天才性のために孤独だった巧の心が少しずつ変化していく様子、その変化に伴って見えてくるもの、気付くこと…。
特に大きな事件が起こるわけではなく家族や友人たちとの普通の日々の関わりの積み重ねが丁寧に書かれているのがとてもいいです。

巧や豪ももちろん印象的な少年なのですが、私は巧の弟・青波(せいは)がとても印象的で好きな登場人物でした。
巧と3歳違いの青波は、未熟児で産まれ小さい頃から何度も入退院を繰り返すほど病弱な少年。
母は青波の看病で手を離せず、父も仕事が忙しかった事から3歳の巧はしばらくの間、祖父母の家(ここが新しく家族が住むことになった家なのですが)に預けられた事もあったほど。
3歳で両親の愛情の大半は病弱な弟に移ってしまい、一人で遊ぶことを覚えた少年が野球を好きになり、そしてその野球で自分には誰にも負けない才能があると言うことに気付いたら(いいか悪いかは判らないけど)巧のように「自分だけを信じる」少年になってしまうのも判る気がします。
かたや青波の方は、いくら母親の注目を一身に集めていたとは言え、小さい頃から外にいるより家の中で寝込んでいる事が多く兄のように思いっきり野球がしたくても出来ない生活を強いられます。
その中でどうやってあれほどまでに明るく、人を思いやり、気持ちを読み、誰にでも愛される子供に育てたのかの方がちょっと不思議でもあります。
青波のセリフには印象的なものがたくさんありますが、特に「夜中に喘息の発作が起きても遠慮なく咳が出来るから引っ越して良かった」と言うシーンはちょっと泣けてしまいました。
この弱く一人では何も出来ないと思っていた小さな弟に巧はどんなに救われていたか。
それまではそんな事には思いも至らなかった巧が、そんな青波のすごさに気付いていく過程もとても良かったです。

この作品は「児童書」として発表されたとか。
確かに(年齢的には)子供を主人公にしていますが、「児童書」と断らない小説たちとどこがどう違うのか私には判りませんでした。
「児童書」(を始めとしたいろんなジャンル)というくくりの中であまり一般的に目に触れることなくひっそりと存在する名作がたくさんあるのでしょうね。
「文庫」と言う形態が出版社や作家にとってどういうメリット・デメリットがあるのか私には判りませんが、少なくとも読者として手に取りやすい事は確か。
作品が世に出た以上は読まれてこそ意味があると思うので、もし児童書が文庫になりにくい傾向があるようなら少しでもその垣根が低くなっていい作品が多くの人の目に留まるようになった方がいいのではと感じました。

阿刀田高『Aサイズ殺人事件』

  • 2004/05/29(土) 13:15:45

Aサイズ殺人事件
阿刀田 高
阿刀田高/Aサイズ殺人事件捜査一課の佐村刑事は捜査が行き詰まると決まって殉職した友人の墓がある妙法寺を訪れる。
しかし、目的は墓参りではなくここの住職と碁を打つため。
実力伯仲の腕前の住職は佐原にとっていい碁敵であるが、それ以上に難事件を解決に導いてくれる頼れるパートナーなのだった。



現場に出掛けることなく話だけで事件を解決するいわゆる「安楽椅子探偵」もの。
表題作を始めとした短篇が8作入っています。

阿刀田高氏の作品はいくつか読んだことがあるけど、それらの作品からは推理小説を書くイメージがなかったので意外に思っていたら、それもそのはずこのシリーズは氏の作家生活の中で唯一の推理小説だとか。

全編そんなに複雑な筋立ての話はありません。
でも短篇の、それも安楽椅子探偵ものだったらこのくらいすっきりしていた方が安心して読めます。
ポイントは住職から解決のヒントとして与えられる不思議な質問の数々。
事件の謎解きの期待と同時に、「この質問からどんな事が判るの?」という楽しみも味わえます。
(但し、「あまりにもそれはひねり過ぎでしょう」と言うのもアリ(笑))

でも私はそれ以上に、住職のキャラクターや佐原刑事との関係、それから碁を打ちながらの2人の息のあった会話、お寺の若い修行僧によって供される季節に合わせた酒の肴などの事件に関係のない部分がキチンと作られている事に好感が持てました。

西澤保彦『実況中死~神麻嗣子の超能力事件簿』

  • 2004/05/26(水) 13:13:16

実況中死―神麻嗣子の超能力事件簿
西澤 保彦
西澤保彦/実況中死~神麻嗣子の超能力事件簿【あとがき】によるとシリーズ中の3作目の長編。

主婦・素子は雷に打たれたのがきっかけで、誰かの目を通して見た光景が見えるようになってしまう。
しばらくは興味本位でその体験を楽しんでいた素子だったが、その相手がどうやら複数の女性に対してストーカー行為をしているらしい事、そして更に雷に打たれて気を失っていたときに見た夢だと思っていた見知らぬ少女が誰かに殺される場面が事実だと言うことに気付く。
自分と繋がっているのは殺人犯に違いない、そう考えた素子は何とか狙われている女性の注意を惹こうと動き出すがなかなか思い通りにならない。
推理作家の保科が担当者の笹本が言い出したその話に興味を示したのは最近会う機会が少なくなった能解警部とチョーモンインの神麻さんに会う口実を作るためだったのだが…。



これも面白かった♪

冒頭の畳みかけるようなスピーディな展開が巧い。
素子が突発的な事故により特殊な能力を身につけて(と言う表現は実は誤りなのだけど)それによってストーカーしている誰かの存在が明らかになって、更には殺人事件まで起こっていて…あたりまでを一気に読まされてしまうので、ここまで来たら後はひたすら「この先はどうなるの~?!」って興味でグイグイ行ってしまう。

更に読者をミスリードさせる罠があちこちに張ってあって、ホントに登場人物全てが「怪しい…」と思えるような造りになっているのでウッカリ・ボンヤリ・グータラ読者の私は最後まで「結局誰が犯人なの~っ?!」と言う状態でドキドキしながら読めたのですごく楽しかった。
終盤のこれでもかっ!と繰り返されるどんでん返しも面白く読めた。

今回のは長編なのでこの間読んだ短篇よりも当然情報量も文章量も多いんだけど、テンポがよくて言葉が判りやすいので中だるみせずにサクサクと、しかもちゃんと内容を理解しながら読めるのがスゴイと思った。
特に素子の陥った状況を表現する"パス""ボディ""ソウル""デコード"などの観念が秀逸。
これって本当にそう言う観念があるのかな?それとも創作?

でも、神麻さん、保科、能解警部の3人の事件を離れたプライベートな関係の部分はあまり好きじゃないなあ。
なんだか読んでも読んでもよく判らない関係で、結局誰にも感情移入が出来ない。
ここが好きになれたらホントにすご~く楽しめるシリーズなんだろうな。

でも、逆に言うとその部分(結構分量あるんだな)が苦手でもこれだけ面白く読める作品でもある、と言うこと。
それがこの作品の力だと思う。

西澤保彦『念力密室!~神麻嗣子の超能力事件簿』

  • 2004/05/23(日) 19:59:55

念力密室!―神麻嗣子の超能力事件簿
西澤 保彦
西澤保彦/念力密室!~神麻嗣子の超能力事件簿バツイチの売れないミステリ作家・保科匡緒(ほしなまさお)のマンションで男の死体が発見された。
被害者は保科の全く知らない男で、更に現場は不可解な密室状態であった。
捜査のために派遣された美貌の女性刑事・能解匡緒(のけまさお)と保科は犯人の割り出しと、密室の秘密を探り始める。
そんな時、保科の部屋を「超能力者問題秘密対策委員会(略してチョーモンイン)」の見習い職員と名乗る美少女・神麻嗣子(かんおみつぎこ)が訪れ、不正な超能力の使用により保科を"補導"しようとするが…。

「神麻嗣子の超能力事件簿」シリーズの第一作である表題作をはじめ、「密室」をテーマにした6つの作品を収録した短篇集。



超能力を使ったミステリーなんてどう考えても反則だよな~、と思うのだけど面白かったので許す(笑)
(元々私は謎解きがしたいタイプではないので面白ければ何でもアリ。但し、その「何でも」もちゃんと説得力がないとダメだけど)

この作品(シリーズ)の魅力はまず何と言っても登場人物の設定の面白さ。
初対面の「念力密室!」ではギクシャクしていた3人の関係が話が進むうちに、能解警部が事件の現実的かつ科学的な実証を集め、チョーモンインの神麻さんが超能力の観点から意見を述べ、それを事件の部外者としての客観性とミステリ作家としての知識を持った保科が推理すると言う役割分担になっていくあたりとか、そうした仕事以外の部分でも親密だけど不思議な関係になっていくのが面白い。
普通だったら「三角関係」になるのだろうけど、そうしないところがまた巧い。
と言っても神麻さんのキャラではそうなりようもないけど。
つまりそいういう人物設定にする所からして巧い作戦だという事だ。
(私は神麻さんみたいな性格設定は正直苦手。ちょっとうっとーしいです(汗))
他に保科の元妻の聡子も「いい女」キャラ(私は彼女が一番好き♪)なので、男性読者にとっては色んなタイプの女性が出てきて楽しいのでは。
逆に言うとメインの男性キャラが保科しかいないのは女性読者にとってはちょっと不満。
シリーズの他の作品ではもっと別の登場人物が出てくるのだろうか。

2つめは事件の動機や状況設定の巧みさ。
どの密室も「念動力」と言う超能力で出来たことは共通しているもののそれ以外の設定は見事にバラバラでどれもオリジナリティがあるところ、事件の鍵になる情報がきちんと読者にも提示されているところ、張られた伏線がきちんと機能しているところなど読み応えがあった。
3人の会話部分の軽さに比べて事件そのものは割と深刻なテーマもあった(特に「乳児の告発」の結末は衝撃的!)けど、その2つが違和感なく一つの作品の中で融合しているのも見事だった。

神麻さんをイメージした水玉蛍之丞氏のイラストもカワイイ♪
同じシリーズで他にも長編作品などがいくつも発表されているようなので、また読んでみよう。

山田風太郎『忍法帖短篇全集1「かげろう忍法帖」』

  • 2004/05/22(土) 19:57:37

山田風太郎忍法帖短篇全集 1 かげろう忍法帖
山田 風太郎 日下 三蔵
山田風太郎/忍法帖短篇全集1「かげろう忍法帖」「忍法帖短篇全集」の第一巻。
先日読んだ第二巻がすごく面白かったので遡って一巻目を読んでみた。

面白くないわけじゃないけど、「スピーディな展開」「物語の単純な美しさ」「設定の荒唐無稽さ」「ラストの意外性」など全てが「ツボ」だった第一巻と比べると今ひとつな感じ。

「忍者明智十兵衛」、「忍者石川五右衛門」、「忍者本多佐渡守」などのタイトルを見ても判るように、実在の人物を「実は忍者だった」として書いたものが大半。
この設定がちょっと無理があるような感じ。
別に「忍者だった」と設定することは構わないと言うかむしろ面白いと思うけど、その扱い方にどこか引っかかりがあって第一巻のようにスムーズに納得する(又は無理矢理納得させられる(笑))と言う感じにはならなかった。
もちろん、実在の人物を扱うわけだからそれなりに制限はあるのは理解できるのだけど。

それと第二巻に比べて全体的にページ数、情報量が多い作品が殆どなのだけれど、その分ポイントが拡散してしまい冗漫な印象を持つものが多かった。
実在の人物を登場させているので当時の歴史的な事実を描写する必要はあるのだろうけど、その分量が多くて物語のスピード感を殺してしまっていると言う印象。

それに内容的に「別にこれはわざわざ<忍法帖>にしなくてもいいのでは…」と言うものもあった気がする。
特に「忍者本多佐渡守」などは歴史の中の政治的な駆け引きの物語としてそれだけで面白かった。
その中で忍者が重要な役割を担っているのは事実なんだけど、物語の全体からみたらそれ以外の人物(佐渡守とか家康とか)の謀略の方が比重が大きいわけだしね。

そう考えると、こういう権力者の命令のもと「道具」のようにその命を投げ出していく忍者たちの運命って本当に過酷。
それに比べると佐渡守から大炊頭に引き渡された根来組の少年・波太郎が「大炊頭は自分を人間として扱ってくれた」と言う理由で満足し笑いながら大炊頭のために死んでいけた事は彼にとって幸せな最期だったんだろうなあ。
でもやっぱり悲しい…。

第一巻の中で一番<忍法帖>らしかったのは最後の「忍者帷子乙五郎」。
中盤までちょっととぼけた感じで進むのでこのまま笑えるオチになるのかと思いきや、一転凄惨なラストが待っていたのが衝撃的だった。

山田風太郎『忍法帖短篇全集2「野ざらし忍法帖」』

  • 2004/05/18(火) 22:55:04

野ざらし忍法帖―山田風太郎忍法帖短篇全集〈2〉
山田 風太郎
山田風太郎/忍法帖短篇全集2「野ざらし忍法帖」何気なく平台に並んでいたのを手に取ったので、初めて買ったのにいきなり第二巻から(笑)

すごく面白かった。

普通、忍者の術って言ったら"まきびし"撒いたり、屋根まで一気に飛んだり、壁と一体化しちゃったり、水の上を歩いたり、風や火を操ったり…くらいなものだけど、ここに出てくる忍者たちはスゴイ!
どの部分を切っても繋げばすぐに元の通りに繋がる術とか、子宮を裏返してその中の胎児に整形を施す術とか、身体中のあらゆる水分を抜いて小さな固まりになりどこにでも潜り込む術とか…。
書いてても「オイオイ」って言いたくなるような、吃驚仰天、抱腹絶倒な術の数々が披露されているのだ。
なんだか忍者というよりもB級ヒーローものに出てくる怪しい妖怪みたい。
とても人間とは思えません(笑)

でも、そんなビックリ人間たちのオンパレードだというのに、その文章や筋立てはあくまでシリアス。
そしてどこかもの悲しくさえある。
状況設定や、話の流れもきちんと計算されていて、単に「派手だったらいい」とか「面白ければいい」と言う勢いだけの小説では全くない。

どれを読んでもラストの部分はこちらが思いもかけない結末が準備されていて、最初から最後まで楽しめる作品ばかり。
どの作品の忍者たちもそれぞれ独特だし、内容もどれ一つを取っても二番煎じ的なものが一切ない。
量的にも物足りなかったり、逆に冗長過ぎることもなく、始めから「そう」と決められた形の物がそこにあると言った風情の完璧な物語ばかりなのは本当に見事だと思う。

どの作品も印象的だけど、特に最後の「忍者鶉留五郎(うずらとめごろう)」はたった5ページほどの作品なのに読み終わると「参りました」って思わず頭を下げたくなる構成が素晴らしかった。

今更ですが、山田風太郎にしばらくハマりそうです。

池波正太郎『幕末遊撃隊』

  • 2004/05/18(火) 20:59:20

幕末遊撃隊
池波 正太郎
池波正太郎/幕末遊撃隊伊庭八郎は江戸の名門道場の長男として産まれ天才的な剣の腕を持ちながら不治の病に冒され自分の命が長くないと悟っていた。
そのため八郎はその短い人生を剣の道一筋に、そして徳川幕府のために投げ出そうと決心し勝てる見込みのない闘いの地へ自ら赴くのであった。



面白かった。
幕末は戦国に並んで好きな時代なので結構本も読んでいるつもりだったけど、こんな面白い人物がいたなんて今まで全く知らなかった。
さすが怒濤の幕末、役者の層が厚い。

この物語には江戸幕府が時代の波に飲み込まれ大政を朝廷に奉還したにも関わらずその息の根までを止めようとする薩長に最後まで抵抗する八郎を描いた部分と、養父・軍平や義妹・つやを始めとする家族や周囲の人々との濃やかな交流を描いた部分の大きく二つの流れがある。

どちらも読んでいてすごく面白いし、どちらもあるからこそそれぞれが引き立っているんだけど、私は後者の部分の八郎がすごく好きだった。
周りの誰をもとても大切に思い真摯に付き合い、その結果として誰からも愛される八郎。
特に行きつけの料理屋「鳥八十(とりやそ)」の板前・鎌吉と、なじみの女郎・小稲との関係がいい。
お互いがお互いを自分以上に大切に思って信頼しあっている、でも決して相手にそれを押しつけないわきまえた付き合いが美しくとても印象的。

そんな八郎の生き方の根底にあるものを著者は、その身体に巣くった病魔によって己の未来を「長くはない」と悟った上でそれを誰にもうち明けずにただ自分一人だけで抱えて生きようとする八郎の決意にあったとしている。

己の死期を悟った時に人はこんなにも優しく、大きく、逞しく、潔く、強く、そして美しく生きられるのだろうか。

もちろん「物語」を書くのが巧い池波氏なので、その内容は「史実」そのものと言うよりも色々脚色、演出されているのだろうけど(事実、八郎が「不治の病に冒されていた」と言う証拠はないらしい)、それを書かせるだけの真実が八郎の人生にはあったのも事実なのだろう。

長い歴史の末に滅んでいこうとする一つの時代を、「そこにそれは確実にあった」と後に続く者に残すために闘った伊庭八郎という青年の名前を覚えておこうと思う。

「人は…ことに女は、その一生でどのような人と出会い、どのような人とつながりを持ったかが、女のいのちになるもの…女は、その思い出ひとつで、生きられもし、よろこんで死ねもする…小稲は、しあわせものだと…そう言っていたと、つたえておくんなさいよ」(本文266ページより)



<関連サイト>
「池波正太郎記念文庫」ホームページ

東野圭吾『超・殺人事件』

  • 2004/05/16(日) 23:55:33

超・殺人事件―推理作家の苦悩
東野 圭吾
東野圭吾/超・殺人事件面白かった!
推理小説家と編集者を主役にした推理小説の舞台裏を描いた短篇が8篇入ってるけど、全編ブラックなパロディになっている。

人物設定が(実際にそうかどうかはともかく)いかにも「誰かをモデルにしました」って感じになっているので、本は好きだけどそんなに事情通(と言うか勉強家)ではない私にも「もしかしてこれってあの作家のことかな~?」みたいな事が頭に浮かんで色んな想像をしてしまった。
これは(当然)作家の意図だと思うので、まあ「思うつぼ」ってヤツだけど、それに乗ってしまうのもまたこの作品の楽しみ方かと。

全編趣向が全く違った作品でどれも面白いけど中でも、所得税の支払いを少しでも少なくするために手元にある請求書を元に作品を書いていく「超税金対策殺人事件」、高齢で呆けてしまった作家が書いた滅茶苦茶な推理小説に苦悩する編集者(しかし、その編集者の正体は…!)を描いた「超高齢化社会殺人事件」、本を読む時間がない書評家の元に現れたセールスマンが扱う「どんな小説の書評もたちどころに書き上げてくれる」機械『ショヒョックス』を巡る騒動を書いた「超読書機械殺人事件」あたりがお気に入り。
(「超読書機械殺人事件」は以前読んだ神林長平の「言霊」に(作風は全く違うけど)設定がちょっと似ていた。「言霊」も興味深いテーマで好きな作品。オススメです)

それにしても東野圭吾と言う作家は「白夜行」のような重厚な作品があると思えば、こうした軽くて笑える作品も書ける、しかも巧いということろがスゴイと思う。
と言っても私のような体力も気力もない人間には、なまじ巧いだけに重い作品を読むのはつい敬遠してしまうのも事実。
(読むと自分の気持ちも持って行かれてしまうので、現実生活でも落ち込んだりしてしまうのだ(泣))
それに比べるとこういう軽めの作品は何も気にせず「通勤のお供」的な気軽さで読めるのが嬉しい。
でもそうした作品にしても単に「笑えればいい」って感じのナンセンスな作品ではなく、笑うのを止めて意味を少し深く考えれば現実の社会制度とか常識を鋭くとらえている作品である事が判る。
笑いでフィルターが掛けられている分、却ってそこに込められている重さは純度が高いのかも。



<関連サイト>
「東野圭吾公式ホームページ」

恩田陸『麦の海に沈む果実』

  • 2004/05/09(日) 23:24:46

麦の海に沈む果実
恩田 陸
恩田陸/麦の海に沈む果実今年の始め文庫化されてすぐに買って最初の何ページかを読んだものの、何故か続きを読む気になれずにずっと積んで置いた一冊。
昨日ふと思い出して読み始めたらグイグイ引き込まれて結局2日で読み切ってしまった。
どんなに面白い本でも読むタイミングってのがある。
この本の場合、冒頭が(その内容を暗示するような)恐ろしく寒々とした冬のシーンから始まるので、現実の季節も冬だったその時期にはあまり読みたくないお話だと判断してしまったのではないかと。
(別に意識したわけじゃないけどね)

で、感想ですが…。
何とも残酷なお話ですね。
容赦ないって言うか。

広い湿原に囲まれた要塞のような場所に建つ、「訳アリ」な子どもたちばかりが暮らす特殊な学園。
全てが3月から始まり例外は忌み嫌われるその学園に2月の最後の日に一人の少女が転入してくる。
そこから始まる数々の事件と謎の物語。

「学校」って別にこんな風に特別な環境ではなくても、現実社会の中に普通にあってさえ「特殊」な場所だと思う。
同じくらいの年齢の少年や少女たちの集団が、同じ建物の中に精神的にも肉体的にも閉じこめられている。
私は幸い「学校」と言う場所に特にイヤな記憶はないけれど、もし「イヤだ」と思っても自分の意志だけではそこから逃れる事が難しい…う~ん、なんか考えるだけで息苦しくなる感じがする。

ましてやこの物語の舞台になる学園は全寮制で、北の国の人里離れた湿原の真ん中に建っていて(ご丁寧に跳ね橋まで付いている!)、学内では他人に迷惑をかけない限り何をしても自由だが手紙のやり取り以外の外部との連絡は一切出来ない…ある意味豪華な牢獄ですね。
こういう場所って平和に暮らせれば外の世界のことを考えずに済んで確かに理想の学校なのかも知れないけど、ちょっとでも自分の中に「不安」が芽生えてしまったらどこにも逃げ出す場所がないわけだからよっぱど強くなければ壊れてしまうと思う。

こんな中で人がどんどん死んでいくわけだからそりゃあ怖いよね。
それに主人公以外は誰が殺されても、誰が犯人でもおかしくない上に、その動機とか背景が全く見えない状態で話が進むので最終的にどんな結末になるのか想像出来ない事が更に物語を盛り上げている。

なのでラストの一歩手前までは主人公の理瀬と同じ気持ちで次がどうなるか判らなくてハラハラしながら面白く読んでいたし、結末も正直スッキリはしないけどあの物語世界の中ではアリなんだろうなと思う。

でも、私の好みから言うともっと「ああ、終わったんだ」って納得できる、本を閉じたときに「ふうっ」と満足して穏やかな息が継げる、そういう結末を持った作品であって欲しかった。
あの何とも後味の悪い読後感は(著者が敢えて意図したものであるにしても)、それまで息を止めるようにして一心に物語を読んで来た私にはちょっと残念だった。

何よりも沢山の子どもたちが死んでいくのに、結局この結末では誰一人としてその死を悼まれることがない、と言うのが哀しすぎる。

設定や登場人物たちは確かに魅力的ではあるけど、「大人になってしまった」私はこの子供特有の冷たい残酷さには共鳴できなかった。
もっと暖かみのある物語が読みたかった、と言うのが正直な感想。

<おまけ>
物語には直接関係ないけど、この中で理瀬が思い出すアンドレ・モーロワと言う作家の物語にとても興味を持った。
<毎夜自分の夢の中に出てくる家が実在すると信じた主人公が、その家を探してついに辿り着く。その家は現在は無人でかつてその家の使用人だった男がいるばかり。使用人は主人公に会って驚愕する。その家の住人たちは毎夜現れる幽霊に怯えてその家を逃げ出したのだ。そしてその幽霊は主人公とそっくりだった…>
と言う内容。
これって内田善美の「星の時計のLiddell」(名作!)の内容とそっくりなんだけど…ネタ本なのかな?と思ってググってみたらやっぱりそうらしい。
(インターネットは偉い!と思うのはこんな時~♪)
思わず「読みたい!」と思ってしまったけど…どうやら普通の本屋で見つけるのは難しいらしい。
古本屋だったらあるかな~?ちょっと探してみよう。
(こんな風に次の興味に繋がる記述があるのは嬉かった)

大沢在昌『無病息災エージェント』

  • 2004/05/07(金) 23:20:23

無病息災エージェント
大沢 在昌
大沢在昌/無病息災エージェント読みにくいわけではないけど、正直つまらなかったです。

コメディとしても、ミステリーとしてもハードボイルド(ではないか)としても何とも中途半端で、ワクワクする部分が殆どないのはツライ。
登場人物も著者が「これでもかっ!」と書いているほど魅力的だとも思えないし…。

「時間と金を返せ!」とまでは言わないけど、敢えて読む必要はなかった1冊でした。



<関連サイト>
「大極宮」

池波正太郎『上意討ち』

  • 2004/05/05(水) 21:56:32

上意討ち
池波 正太郎
池波正太郎/上意討ち主に幕末を中心とした時代小説の短篇集です。

一番目当てだった新選組の鬼の副長・土方の恋をモチーフにした『色』ですが、印象(と言うか土方の捉え方)としてはちょっと司馬遼太郎の名作「燃えよ剣」での土方の扱いと似ているところがあるような気がしました。
敵方である長州と関係がある女・お房に土方がそれと知りながら惹かれていく様子がとてもいいです。
特に年老いた猿回しを間にした二度目の偶然の出会いのシーンが印象的でした。

気になっている相手とこういう形で再会してしまったら、そりゃあますます忘れられなくなるでしょう。
また、新選組が京都を離れるに当たり「これで最後」とお房に会った土方が思わず彼女にすがりつき泣き言を言うシーンも印象的。
強くて冷静だと思っていた男が自分に向かってこんな弱いところを見せてきたらちょっとグラッと来ちゃいますよね。
ましてやそれが新選組の鬼の副長だったりしたら…!
ところが、お房はその土方を「それは約束が違う」と突っぱねてしまう。
そう言ったお房の性格設定と言うのもなかなかスゴイです。
土方の死後、お房に二人の密会の手引きをしていた土方の従僕・平吉が会いに行きその時の土方への態度について少々恨み言めいた事を言うラストシーンも良かったです。
ただ、その間の転戦の末に土方が五稜郭で壮絶な戦死を遂げるあたりはもうちょっと短い方が物語として気持ちが伝わってくるような気がしました。

その他全11篇の作品が収録されているのですが、それぞれ初出の時期がかなり違うせいか作品の出来にはかなり幅があるような気がしました。
作品によっては物語の核になる話よりもその当時の社会情勢が詳しく書かれすぎている部分が多く、せっかく盛り上がった物語への興味がそれによって拡散してしてしまい何を書こうとしたのかよく判らなかったものもあったり。

ただどんな物語でも最後の最後に日本人的な心を「ジワッ」と刺激する幕引きが準備されているのは、やはり「鬼平」や「剣客商売」を書いた作者ならでは、と言う感想を持ちました。

他の作品では「雨の杖つき坂」、「晩春の夕暮れに」がよかったです。



<関連サイト>
「池波正太郎記念文庫」ホームページ

中島かずき『髑髏城の七人』

  • 2004/05/05(水) 21:52:32

髑髏城の七人
中島 かずき
中島かずき/髑髏城の七人劇団★新感線によって今までに2度上演された同名作品の小説化作品です。

新感線の舞台は大好きなのですが、見終わると「面白かった!…でもよく判らなかった(泣)」と言う感想を持つことがよくあります。
その物語全てを覆っている世界観や設定、人間関係がかなり複雑な事が多いうえにセリフが多いので内容についていけなくなってしまうんですよね。
小さなエピソードとかギャグのシーンとかはとにかく下らなくてただひたすら「ガハガハ」笑っていれば済むのですが、どんどんラストに近づいて広げられた物語が収斂していく段階になるとその前提が理解できてないために段々「何が起こっているのか判らない」状況になってしまうのです。

そんな新感線の舞台脚本の小説化作品だったのですが、思ったよりも読みやすくて面白かったです。
小説は舞台上のセリフのように通り過ぎていかずに、自分のペースで何度でも読み返せるので納得しながら読み進められるところがいいですね。
これを読んで初めて「あ、この作品ってこういう物語だったのか!」と理解できた気がします。

ただ、やはり小説作品として考えた場合には、色々情報を盛り込み過ぎでちょっと説明がくどいかな、と言う部分もありました。
それから最初の印象が後になってひっくり返ってくる設定がいくつかあったのですが、それを表現するための伏線がもう少しあっても良かった気がしました。

元々新感線の舞台では正義(と思われる側)と悪(と思われる側)と同時にそのどちら側にいるのかちょっと判らない登場人物がいるのが定番で、その属性が不明な登場人物がどちらに付くか、で展開が変わっていくと言う事がよくあります。
それは舞台のスピーディーな展開の中で見る分には説明が後付けでも「騙された!」とか「そうなるのか!」と勢いで納得してしまう部分があるのですが(舞台で微妙な伏線張られても気が付かない可能性大だし、却って騙される快感がいいのかも)、活字の世界ではある程度事前にそれらしい匂いがしていないとなんとなく(言葉は良くないですが)「ご都合主義」みたいな雰囲気が出ちゃうような気がするんですよね。
それってちょっともったいない気がします。

とは言え、それぞれの登場人物に対してそれぞれの結末がきちんと準備されているところはさすが。
「ああ、終わったんだな」と納得できるエンディングになっています。
特に沙霧と捨之介のその後を暗示させるラストシーンの描き方はとても気に入りました。

あ、それと(もしかしたら全然関係ないのかも知れませんが)この小説を読んでる間 何度も隆慶一郎の「吉原御免状」が頭に浮かんできました。
色里の設定が似ていたからかな~?
こっちもまた読みたくなってしまいました。

<おまけ>
「髑髏城の七人」は今年('04年の話です。既に終了しました)また舞台化されます。
既に公演が始まっている「アカドクロ」(主演:古田新太)と、10月からの「アオドクロ」(主演:市川染五郎)の2本立て。
舞台についての詳細は劇団★新感線の公式サイトまでどうぞ。

池波正太郎『戦国と幕末』

  • 2004/05/04(火) 20:43:06

戦国と幕末―乱世の男たち
池波 正太郎
池波正太郎/戦国と幕末小説かと思って読み始めたらさにあらず、エッセイでした。

著者が今まで扱った小説の題材になった歴史上の人物たちを『関ヶ原と大阪城落城』『忠臣蔵と堀部安兵衛』『新選組異聞』の3つの時代に分けて書いてあります。
それぞれ小説には描かれなかったような小さいけれど印象的な話が、池波氏の味わい深い文章で書いてありますが、中でも『新選組異聞』の内容が面白かったです。

著者の母親がその父親(つまり著者の祖父)から聞いた『新選組の土方の色女は京都の経師屋の未亡人だった』と言う話を著者にポロリと漏らしたことから生まれた『色』と言う短篇の話。
主要な新選組隊士の中で唯一明治まで生き残った永倉新八を主人公にした『幕末新選組』を書くときに、永倉の孫から直接思い出話を聞いた話。
などなど、これを読むと「新選組」と言うのは遠い歴史の中の人物たちではなく、まだまだ私達が今生きている時代のほんのちょっと前に足跡を残した人々であったんだなあ、と言うことを実感させられる話ばかりでした。

更に同じ項に書かれている「小栗上野介」、「伊庭八郎」については私は殆ど知識がなかったのですが、彼らもまた個性的なキャラクターの持ち主であることを知り是非詳しく知りたくなりました。
特に伊庭八郎と言う人物はもっと日本人に人気があっていいのではないか、と言う要素盛りだくさんなのですが…。
それとも単に私が知らないだけなのかな~?
いずれにしても彼を主人公にした「幕末遊撃隊」は近いうちに読んでみたいと思います。

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