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◆Date:2004年02月
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池宮彰一郎『本能寺(上下)』

  • 2004/02/29(日) 23:18:50

本能寺〈上〉
池宮 彰一郎
池宮彰一郎/本能寺〈上〉
本能寺〈下〉
池宮 彰一郎
池宮彰一郎/本能寺〈下〉

前半は割と面白く読んだんだけど、話が進むに従ってどんどん難しくなって最後は殆どギブアップ状態。
取りあえず字面だけを追って「読み終わりました」ってところまで持っていったと言う印象。

なにしろ人物の出入りが多くて、関係が煩雑!
しかもその人物に対して情報が多すぎる。
更に時間の経過がいきなり先に飛んだり、過去に戻ったりするので「結局、いつの話なの?」って部分もかなり多くて元々暗記物苦手な私の頭ではついていけませんでした(泣)

それに何より「納得できない」ってのが大きいかな。
著者が史実を重ねて行った先に辿り着いた答えとしてあの作品を書いたんだと思うけど、その結果として光秀のあの行動の裏にああいう事情や思考があったとするのはどうなのかな~?
少なくとも私は何だか納得できないわ、って感じだった。

それまでずっと先の展望は自分一人だけの心の中に秘めて決して語らなかった信長が、何故あの夜あの2人の前でそれを語ってしまったのか。
そしてそれを伝え聞いた家臣たちの反応。
特に秀吉がそれを聞いた直後にああいった行動に出ると言うことがちょっと信じられない。
だって、信長が語った展望は確かにそれに従う家臣にしてみれば驚天動地の考え方だったかも知れないけど、それは今すぐ実行されるわけではなくあくまで信長の「夢」だったわけでしょう。
それを実行するには強敵の毛利を滅ぼさなければならなかったわけで、それにはあと何年もかかる話だよね。
(今までの流れから言えば)
だとしたら「それまでには何かが変わる」とか「自分が説得する」とかって考えがまず出てくるのが普通じゃないのかな~?
それなのにいきなりあの行動ってのは…納得できない。
じゃあ、口取りの小者から取り立てられて今まで仕える中で、秀吉と信長の間にあったのものって一体何だったの?
それともそういう感傷的な感情ってのはなかったって事なのかな?

光秀は結局、信長本人にではなくそうした周囲の状況からのプレッシャーに負けて信長を殺すと言う悪名を背負うことになるわけで…。
確かにあの状況だったら光秀がそういう思考に取り憑かれてしまうだろうということは判るけど、だったら巷間よく言われているような「衆人の中でバカにされたことを恨んで、それが積み重なって蛮行に及んだ」と言う話の方が納得しやすいような気がするな。
何と言っても、そこに至るまでの信長と光秀の関係性の描写が足りないと思う。
「こういう事実があった」「実際はこうだった」と事実をいくら書かれても「それを本人はどう考えていたのか」が判らなければあまり意味がないように思うんだけど…。

まあ、もちろん、400年も前に亡くなってしまった人たちの気持ちなんてのは、いくら現在の人間が忖度しても真実は藪の中だろうけどね。
(いや、本人にも何故こんな事になってしまったのか判ってなかったのかも)

でも、信長と言う天才の生き方とか功績を知るにはいい作品だった。
読めば読むほど「なんでこの人はこんな考え方が出来るんだろう?」という思いがどんどん強くなっていった。
全てにおいて合理性、新進性に富んでいて、今読むから何となく理解できるようなもので、これを400年も前に一人でやろうと思ったってそりゃあ他人からは理解されないよね。
(今だって「理解」は出来るけど、多分「実行」するのは難しいと思う。)
そうした「普通はその時代に誰も考えないようなこと」を考えついてしまう、更にそれを実行してしまう頭脳とか精神ってのはどうやったら生まれてくるんだろう?
やっぱり「時代が求める」って事なのかな~?
これからの時代にもそういう人物は生まれてくるのだろうか?
清冽な精神と実行力、明晰な頭脳、そして何より強烈な美意識。
うん、今の時代に一番足りないのは何よりもこの「美意識」なのかもしれないな。
それを取り戻すために現れる誰かを私達はあとどれくらい待たなければならないのだろうか。

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京極夏彦『嗤う伊右衛門』

  • 2004/02/13(金) 23:38:41

嗤う伊右衛門
京極 夏彦
京極夏彦/嗤う伊右衛門これも映画化されたらしい。
CMでやってるのを観て、「そう言えば以前ハードカバーで買ったのがあったはず。また読んでみようかな」と思って読み始めたんだけど…面白かった!
さすがにアウトラインは覚えていたけど、こんなにグ~ッと引き込まれるような面白い作品だったというのは忘れていたのでとても楽しめた。

何と言っても登場人物の心理描写の緻密さが圧巻。
お岩、伊右衛門、お岩の父・又左右衛門、又左右衛門の上役・伊東喜兵衛、喜兵衛の内縁の妻・お梅…お芝居や怪談話で有名な登場人物たちが、平面的なお話の中の登場人物ではなく生身の肉体と魂を持つ人間のように自らを語り、他人を評する、その筆の華麗さ。
更に彼らの性格設定も見事の一言。

例えばお岩。
怪談話の中に語られる「夫の出世欲のために毒を盛られ恨みを持ちながら死んでいき祟りをなす、美しく貞淑な妻」というお岩像はここにはない。
この物語のなかのお岩は強烈な個性を持つ一人の自立した、しかしひどく哀しい女性として描かれている。
その岩と自分の感情を出さずに全てを受け入れようとする伊右衛門の間に生まれる愛、そしてそれゆえの憎しみ。

そう、これは怪談ではなくて全編「愛の物語」なのだ。
登場人物一人一人がそれぞれの「愛」の形を掴まえようと、あがきながら生きている。
狡猾で残忍、極悪非道の伊東喜兵衛でさえも、彼なりの愛がありそれ故に苦しんでいるのだ。
と言うよりも、この人物の「愛」が誰よりも一番重厚で、強烈で、屈折していて激しかった。
最初は「うわ、何こいつ?!」と言う人物だった喜兵衛の気持ちが物語が進むほどにビシビシ伝わってきて、こっちまで苦しくなってしまうくらいだった。

逆に最初のうちは「こういう人なのね」と自分の中で納得できていた岩や伊右衛門の気持ちの方が最後に行くに従ってだんだん見えなくなってしまった。
特に伊右衛門。
彼の心に巣くう圧倒的な孤独には誰も入っていけない。
彼がその心を許そうとしたただ一人の人間が伊右衛門とは別の種類の孤独を背負った岩だったのだろうと思う。
でもそんなにも深い孤独を背負ってしまった者同士が寄り添ってしまったら、この世では生きられない。
そんな彼らにはあの形が彼らには一番幸せな結末だったんだろうと思う。

岩と伊右衛門の運命を引き合わせた世間の爪弾き者三人が滑稽で優しくて哀しい。

言葉の使い方、セリフ、文章のリズム…どれをとってもとても印象的で素敵な作品だった。

ところで、岩の顔が何故ああなったかと言うのは(何だか微妙な書き方でよくわからなかったんだけど)、ラスト近くの伊右衛門の「(略)誰にも渡したくなかったか」ってセリフが真実って事でいいのかな?

赤江瀑『八雲が殺した』

  • 2004/02/07(土) 23:33:36

八雲が殺した
赤江 瀑
赤江瀑/八雲が殺した先日押入の中を掃除していたら出てきた赤江瀑の短篇集。
1987年発行の文庫なので多分もう絶版かと。
タイトルは覚えていたけど、内容は全く記憶になし(いつもの事だけど(汗))

テーマや話の進み方はいかにも「赤江瀑」な感じだけど、全体的に「今ひとつ」。
途中まではすごく面白いのに、肝心のラストが「あれ~?」って感じ。
最初の設定や途中の話の進み方と最後に用意されてる結末がうまく結びつかなくて「なんでこの話の結末がこれなの?」って作品が多かった。

その中では表題作の「八雲が殺した」が一番面白かった。
30ページ弱の短篇だけど、きちんと纏まっていてピリッとした作品でした。

花村萬月『眠り猫』

  • 2004/02/03(火) 23:29:31

眠り猫
花村 萬月
花村萬月/眠り猫思っていたような大笑いできる話ではなく(この作家にそれを求めた私が間違っているのかな?)、むしろどちらかというとヘビィな話だったけどかなりスルスル読めました。

それは淡々とした文章と、主人公の猫(と呼ばれる元刑事の探偵)を始めとした登場人物たちの性格設定によるものかと。
全体的に男っぽい、ハードボイルド的な小説ですね。
猫とその息子タケのキャラクターや関係がいい感じです。

ただ、この中でマドンナ(またはミューズ)的な存在として出てくる冴子にはちょっと違和感を感じました。
確かに若くて美人でスタイルがいいのかも知れないけど、こんなに会う男全部を惹きつけるような魅力がある人物には思えなかったんですよね。
(単なるやっかみかも?(笑))
何だかまるで猛獣使いみたいな万能さ。
ちょっとやり過ぎではないかと。
男の人からすると、こういうのも違和感ないのかな?

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