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◆Date:2003年05月
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恩田陸『ネバーランド』

  • 2003/05/24(土) 21:07:56

ネバーランド
恩田 陸
恩田陸『ネバーランド』古い伝統を持つ名門男子校の寮「松籟館」。
冬休みを実家に帰らずここに居残ることを決めた4人の少年たちの7日間の物語。



特に意識したわけではないけどまたしても「4人の少年たち」の物語。
でもこっちは「4TEEN」の4人よりも3つくらい上なのかな?
その分大人っぽい物語になっている。
この4人は14歳の彼らのようにいつも一緒に連んでいる仲間ではなく、それぞれの事情を抱えて偶然に一緒に暮らすことになってしまった。
だから最初は遠慮と警戒と無関心に支配されていた彼らの心情が、長い時間を一緒に過ごし、お互いの秘密を告白しあうことででその関係が微妙に変わってくる。
その緩やかな、でも確実な変化の描写が巧い。

恩田陸の作品って人物描写(設定)ももちろん好きだけど、私は情景描写がすごく好き。
何気ない単語で、それも決して細かく書いてあるって感じでもないのに読んでいくとその情景がまるで映画でも見ているかのように私の頭の中に自然に浮かんでくる。
この力のおかげで恩田陸の作品はいつでも最初の数ページを読むだけでスルッとその世界に入っていける。
この作品でも冒頭3ページくらいで私はすっかり「松籟館」の中にいて、すごく近くで4人が食事したり、ゲームしたり、喧嘩したりするところを見ていた気分だった。

4人全員が家族(特に女性)に対して何らかの悩み(トラウマ)を抱えていて、それはかなりハードな内容だったりもするんだけど(特に光浩のは…ハードすぎる運命だ(泣)でも私が許せないのはどちらかというと父親だなあ)、お互いに聞き終わった後は(関係は微妙にでも確実に変わっているのに)また普通の会話に戻っているのがなんかいい感じだった。
こうやって人は人を見つけていくのかもねえ。

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石田衣良『4TEEN』

  • 2003/05/24(土) 21:03:56

4TEEN
石田 衣良
石田衣良『4TEEN』タクロー、ジュン、ナオト、ダイは月島中学の同級生。
14歳の彼らの周りで起こる8つの物語。



最初にナオトの難病についての物語から始まるので、全体的に重いトーンの物語になっていくのかと心配しちゃったけど、全然違った。
いつも通りの石田作品に共通するストレートで、熱くて、まっすぐで、読後感が気持ちいい作品だった。
同じ東京に住む男の子たちだけど、タクローたちはマコト(「池袋ウエストゲートパーク」の登場人物)たちよりも年齢が若い分いろんなものに縛られていて、ちょっと息苦しそう。
でもその中できちんと自分の頭で考えて、自分の目で見て、自分の足で歩いていく。

本当にしっかりしてるんだよねえ。
私が14歳の頃なんてこんなにものを考えることなんかなかったもん。
今日の続きは明日が来るって何の疑いもなく思っていた…と言うか思う以前にそういうものだと信じていた。
(今もそう言う部分はある…が、逆に今はそれが悩みだったりはする。さすがに(汗))
それに比べて月島中学の4人組は「明日」を歩いていく自分に不安や迷いや戸惑いを抱えている。
それは生きている時代と場所の違いなんだろうか。
それとも個体としての違いなんだろうか。
相手の気持ちを忖度すること、場面によって自分の立場や役割を考えること、状況を読んでバランスを取ること…こんな高等技術は当時の私にはなかった。
確かに彼らは大人が思っているよりもずっと大人の判断力を持っているのだろう。
でもそれはそういった能力がなければ生きていけないからなのだと思う。
たった14歳で、そうした能力が必要であったり、「この先大人になっても…」と考えざるを得ない時代ってやっぱりちょっとツライなと思う。
それでもそんな時代にもきちんとお互いを尊重しあえる友人を持てた彼らは幸せなのだろう。
難病を抱えるナオトの事も体調に気遣いながらも、特に区別することなく、過度に同情する事もなく、ただ「そういう友達」として接する事が出来るようなメンタリティってカッコいいよね。

石田衣良が東京を舞台にして書く作品はどれも私に東京を見直させてくれる。
この作品でも少年たちが自転車で駆け抜ける月島に行ってみたくなった。

東野圭吾『おれは非情勤』

  • 2003/05/23(金) 21:00:17

おれは非情勤
東野 圭吾
東野圭吾『おれは非情勤』小学校を渡り歩く非常勤講師の「おれ」が、行く先々でぶつかる謎に挑む。

面白かった♪
小学校を舞台に、小学生を役者に使ったミステリーだけにすごくシンプルで判りやすくテンポもよくてすごく楽しめた。
(その上、この作品初出は学研の「5年の学習」、「6年の学習」だったらしい。つまり読者も小学生だったわけだ)
どの作品も謎のありかとそこに辿り着くまでの道順がとてもバランス良く書かれている。

短い作品ばかり(1編約50ページ)なんだけど過不足がなくて終わり方もキレイなので、読み終わると「読んだ!」って満足感がある作品ばかり。
テーマも(1作目を除いては)小学生にとって身近なものであったし。
(その分、1作目でいきなり殺人事件が起きるのはちょっと違う感じがした。謎解きは面白かったんだけどね)

「おれ」も基本的にクールだし、最初の方では「働くのが嫌い」とか「なりたくて教師になったわけじゃない」とか書いてあるけど(そうです、「おれ」はハードボイルドな非常勤なのです(笑))、その割にマメに生徒(児童か?)たちの表情や行動に気を配っているし、結構彼らからも慕われている感じがするし、最後には何気なく心のどこかに届くようなセリフを残していくし…面白いキャラに出来上がっている。
こういう作品をドラマ化したら面白いと思うんだけどなあ。

他に小学生の小林少年を主人公にした「放火魔をさがせ」「幽霊からの電話」の2本を収録。
こっちもスッキリとまとまったいい作品。
特に「幽霊からの~」はちょっとウルウルしちゃった(涙)
サクサク読めるので通勤本にオススメです。

浅田次郎『活動寫眞の女』

  • 2003/05/22(木) 20:57:38

活動写真の女
浅田 次郎
浅田次郎『活動寫眞の女』昭和40年代の京都を舞台にした、映画を愛する若者たちの青春物語。

ちょっとホラー、でもすっごくいい話。
会社で読んでいたらウルウルして来ちゃったので「これはまずい」と思って家に帰ってきて一気読みしてしまった。(久々に)
案の定、最後の方はず~っと涙ボロボロ状態。

主人公であり物語全体の視点である薫(そしてその恋物語)よりも、30年前に死んだ美貌の女優に取り憑かれてしまう薫の友人・清家(京都で1000年以上続く家の末裔!)よりも、とにかく私は「辻のおっちゃん」が好き!
若いときから映画を愛して、その世界にずっと関わってきた穏やかだけど少し頑固な老人。
彼が孫ほど年は離れてるけど同じように映画を愛している薫たちを相手に語る物語が、読んでいて本当に気持ちよくて切なくて「(他の話はいらないから)おっちゃんの話だけ読ませて欲しい!」って思うくらいだった。
おっちゃんは京都の人なので京なまりで話すんだけど、この言葉ががまた切ない話にピッタリなのであった…。

ところで、この話の前半を読んでいる間「なんだか違う人が書いた話みたい」と言う意識がどこかにあって「なんだろうな~?」と考えていたんだけど、読んでいる途中でふと気が付いた。
主人公の名前が薫(作中ではときどき「カオルちゃん」とも呼ばれる)なので、私の頭の中でその名前が昔読んだ栗本薫の「ぼくらシリーズ」の主人公と結びついていたらしい(笑)
そう言えばなんとなくちょっと性格も似てるかも…。
物語には全然関係ないんだけどね。

三善里沙子『中央線なヒト―沿線文化人類学』

  • 2003/05/19(月) 20:54:43

中央線なヒト―沿線文化人類学
三善 里沙子
三善里沙子『中央線なヒト―沿線文化人類学』東京のどまんなかを東から西に横切る中央線。
そこの住人は他のどんな路線よりもユニークであり、そしてその特徴が微妙に似通っている。
中央線沿線で生まれ育った著者がその「中央線人」たちのユニークさを解説した一冊。



私は中央線人ではないけど、ずっと昔友人が何人か沿線に住んでいたので(その頃は)よく行ったし、現在はうちからもバスに乗れば中央線の駅まで行けるので「中央線の雰囲気」くらいは判るつもり。
(この本によればそんなのは全く意味ない!と言うことだが(笑))
そのレベルの私から見ても確かに中央線は「なんか変わってる…」って思う。
すごくキャラが濃いというか、そんな感じ。
そんな中央線テイストを的確に書いてあると思う。
「そう言われればそうだよね~!」って頷くことが多かったな。
(もちろん「それってネタでしょ?」って感じの話もあったけど(笑)でも、それも「もしかして事実かも…」思わせてしまうのもまた中央線のパワーなのであった)

イラストは人気の大田垣晴子。
このイラストも楽しくて、中央線を知らない人でも楽しめる作品になっている。

篠原一『電脳日本語論』

  • 2003/05/11(日) 20:48:03

電脳日本語論
篠原 一
篠原一『電脳日本語論』日本語変換ソフトとしてマイクロソフトの「MS-IME」と双璧をなす「ATOK」についての本。
その開発を支える「ATOK監修委員会」を中心に、実際の開発メンバーや会社のトップ、外部の協力者などにインタビューした内容がまとめられている。

思っていたよりも堅い内容だったけど、その割には読みやすくて面白かった。
(著者がビジネス関連の作家ではなく小説家だったせいか?)
でも最初に書評を読んだときに期待した内容(ユーザー側の声も聞けるのかな?)ではなかったのが残念。

ネットで掲示板をあちこち覗いていると、日本語なんだけど何が書いてあるのか判らない文章をよく見かける。
(いわゆる「電波系」というわけではない)
そう言う文章をよ~く読むと、変換ミスであることが多い。
普通、文章を読む時って「字面」を読むものだと思うのだけど、こういう文章は「音」で読まないと何が書いてあるか判らないのですごくストレスを感じてしまう。
それでもそれが文章の一部分なら全体の内容から大体推測できるが、ひどいものになると文章全体が訳の分からない漢字の羅列になっているものも見かける。
これは単なる「変換ミス」ってわけではないでしょう。
「ミス」と言うからには、「変換しよう」と言う意志はあったけどなんらかの手違いで別の言葉が出てきてしまいそれをついうっかりそのまま確定してしまった、と言う風に私は定義するが、文章全体がそうなっていると言うのは「ミス」と言うよりも「正しく変換しようとする意志がない」と思う。
もしこれが手で文字を書いているのだとすれば、一度頭の中で漢字に直してから手で書く、と言う順序になるのでそんなにとんでもない間違いが起こる可能性は低いと思う。
でもキーボードでの入力の場合、頭から手に行く命令は「ローマ字」または「ひらがな」であって、それを漢字に変換するのはこの本のテーマである「日本語変換ソフト」の役目になっている。
つまり自分の頭から出力された情報は、その時点では「音」しか持っていないわけだ。
で、訳の分からない文章をそのまま送信してしまう人々というのは、(多分)その「音」こそが重要でその後どんな漢字に変換されようが関係ないと思っているか(だったら変換しない方が親切だと思うが)、あるいは日本語変換ソフトの変換機能に対して絶対の信頼を置いている人なのだろう。

でもさ~、普通自分が入力した文章って見直さないか?
私はホンの2~3行の文章を書くのでも3回くらいは見直すけど。
(だから書くのが遅いんだけどね(汗))
そうすれば変換ミスってまず95%くらいは無くなると思うぞ。

私は家でも会社でもATOKを愛用しているが、変換機能を信用しているわけではないと思う。
(ジャストシステムさん、ごめんなさい)
だって結局「道具」だからね。
使い易いに越したことはないけど、それは絶対ではないわけだ。
だから私が日本語変換ソフトに望むのは私が欲しい言葉がきちんと収録されている事と、変な所で「普通はこんな言葉使わないだろ~!」(って言うか、「こんな言葉あり?」)みたいな気持ち悪い変換をしないで欲しい、って事。
でも、それだけの事も作ってる側にしてみればすごい地道な努力が必要だと言うことを、この本を読んで認識したのでした。

だからこそ、変換を盲信するのではなく、正しい言葉を正しく使うことこそが開発者の努力への恩返しだと思うわけだけど、どうだろうか。

高橋克彦『竜の柩〈1〉聖邪の顔編』

  • 2003/05/07(水) 20:45:34

竜の柩〈1〉聖邪の顔編
高橋 克彦
高橋克彦『竜の柩〈1〉聖邪の顔編』敵対する正体不明の相手との攻防戦が絡んできてハラハラドキドキする部分があって、「霊の柩」よりは小説的だと思う。
(まだ最初だし)
でもやっぱり基本的には『神話の中に隠された<龍>をどう読み解くか』についての著者の考え方が書いてあるって感じかな。
そういうものだと割り切って読み進めないと最後まで読めないかも。
考え方として面白くないわけじゃないんだけどね。
あまりにも理屈っぽくて時々「読むの面倒…」とも思ってしまうのであった。

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