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◆Date:2002年08月
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筒井康隆『怪物たちの夜―自選短篇集〈2〉』

  • 2002/08/28(水) 10:15:24

怪物たちの夜
筒井 康隆
筒井康隆『怪物たちの夜―自選短篇集〈2〉』筒井康隆氏の「自選短篇集」第2弾はショート・ショートです。
長いもので20ページ、短いものでは1ページ以内と言った短い作品が59篇、「これでもかっ!」って感じでギューギュー詰まっています(笑)

これだけたくさんあるとやはり「玉石混淆」って感じがしますね。
思わず「ニヤリ」とするのもあるし、最後まで読んでも何が言いたいのか判らないのもあるし。

ただ、同じなのはどの作品も最初の1行で読者をその作品世界に引きずり込む力を持っていると言うことと、最後の一行を読むまで読者をどこに着地させるか判らないということ。
だから一度読み始めたら最後、終わりまで一気に読めてしまいます。

私は「腸はどこへ行った」、「あるいは酒でいっぱいの海」、「前世」、「パチンコ必勝原理」あたりが好きでした。

今回も巻末に「自作解題」付き。

さて、次は何が出てくるか。

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『殺人買います―ミステリー傑作選〈41〉』

  • 2002/08/26(月) 10:11:23

殺人買います―ミステリー傑作選〈41〉
日本推理作家協会
『殺人買います―ミステリー傑作選〈41〉』短編ミステリーのアンソロジーです。
執筆陣は法月綸太郎、佐野洋、二階堂黎人、歌野晶午、香住泰、富士本由紀、北森鴻、鈴木輝一郎、逢坂剛の各氏。

う~ん…まあ、普通、かな?
偉そうですが(汗)
特に「すごく面白かった!」ってのはなかったです、残念ながら。
と言って「つまらない」ってわけでもなくて、本当に「普通」。

サクサク読めるので通勤本に良いかと。

恩田陸『月の裏側』

  • 2002/08/24(土) 10:09:30

月の裏側
恩田 陸
恩田陸『月の裏側』いたる所に堀が巡らされ、水に守られて来た水郷の街・箭納倉(やなくら)。
東京で音楽プロデューサーをする多聞は大学時代の恩師・協一郎に招かれ、初めてその地に降り立った。
久しぶりに会った協一郎は多聞にこの街で起きた3件の失踪事件について語り始める。
その被害者はいずれも堀に面する家に住む老女で家族も知らないうちにいなくなり、また数週間後に同じようにいつの間にか戻ってきたと言うものであった。
多聞と協一郎、協一郎の娘で多聞の大学の後輩でもある藍子、そして地元の新聞社の記者・高安の4人はこの謎を調べ始める。
そしてある恐るべき仮説にたどり着く…。



これは「SF」と言うより「ホラー」かな。
(「SF」ってある意味「ホラー」な要素がありますね、そう言えば)
「あるもの」が「人間」を別の物に変えようとしている…と言ったお話です。

かなり怖い状況が描かれているにも関わらず、恐がりの私でもすんなり読めてしまいました。
それはいつも飄々とその状況を受け入れていく多聞と言う人物設定の影響が大きいんでしょうね。
それに「あるもの」の存在を特定したり意志を持たせたりせず敢えて曖昧なままにしておくことによって、物語が単純になって読みやすくなっていると思います。
更にラストも曖昧だし。
ただそれは読んでいるときはそうでもないけど、この後物語と同じような状況になった時に繰り返しこの話を思い出す効果もあるかも。
これは「恐怖」というものを表現するのに、かなり効果的な演出なのでは。

ただ、私個人としてはそんなに「怖い」とは思わなかったんですよね。
と言っても決してつまらなかったと言うことではなく、「自分がこの状況におかれたらそんなに怖いかな?」と考えると「別に」って答えが出て来ちゃうって事なんですが。
但しそれは「判らないうちに」って条件付きでね。
この4人のように判った上でそうなって行くのはいやだけど、何も判らないままだったら別にいいかな~って。
それに今だってそうなってない保証はないわけだから(←かなり怖いこと言ってます(汗))。
更にここに出てくる既にそうなっている人たちが決して不幸そうではなかった、むしろ安定しているように描かれているからかも。
もしかしたら私たちは心のどこかで「そう」なることを欲しているのかも知れないな~、と思ったり。

この本を読みながら、小さい頃母親と一緒に夕方買い物に行った帰り道、私の前を自転車で走る母親の顔が振り向いたらのっぺらぼうになっていたらどうしよう…と密かに怖かった事を思い出しました。
そんな風に過去に怖いと思った記憶が水に浮かぶ泡のようにプカリプカリと記憶の底から浮かび上がってくるような、そんなお話でした。

奥泉光『「吾輩は猫である」殺人事件』

  • 2002/08/22(木) 10:05:09

『吾輩は猫である』殺人事件
奥泉 光
奥泉光『「吾輩は猫である」殺人事件』作家・珍野苦沙弥先生の家で1年間も飼われたのに名前も付けられず、秋の夜に口にした麦酒に酔って水瓶に落ちそのまま死んだことになっていた一匹の猫…。
実は彼は生きていた!
彼が目を覚ましたのは何故か上海行きの船の中。
「死んだはずの自分が何故こんな所に?」と悩みながらもパブリックガーデンをねぐらに定めた彼は、そこに集うたくさんの個性的な猫と安定した生活を手に入れ始めていた。
しかしある日偶然、元のご主人である苦沙弥先生が殺されたとの情報を目にする。
誰が先生を殺したのか?
英国から来た新顔猫のホームズやワトソンとともに公園の猫たちの推理合戦が始まる。



いやはやすごい小説ですね。
単に「死んだはずの猫が生きていて、以前のご主人が殺された事件の謎を解く」と言う感じの内容かと思っていたのですが、そんな単純なものではありませんでした。
名無し猫だけではなく本家の登場人物も続々登場するし、更に別の作品までそこに入り込んで来てすごく複雑に絡み合ってきます。
夢と現実、嘘と真実、過去と未来…そうしたものが脈絡なく出てきては消えていくんで混沌としているんだけど、でも決して判りにくい訳ではないです。
それらは全て「何故先生は殺されたか?」と言う謎、そしてひいては「吾輩は猫である」と言う作品そのものの謎に向かって集結していくのです。

とにかく全編を貫いているのは、文豪・夏目漱石に対する奥泉氏の「愛」ですね(笑)
どんなにその作品を愛していたらこんな小説が書けるんだろうって思うくらい。
そこまで愛する対象があるのはうらやましい事です。
更にそれをこうして形にすることが出来る才能があるというのは。

謎が巡り、また謎に戻っていくラストがとても印象的。
そして名無し猫の友人としてたくさん出てくる国際色豊かで個性的な猫たちの描写がとても良かったです。

これは本歌を読んでいなくても面白く読めますが、読んでいればその10倍、いや100倍は楽しめる作品。
未読の方はぜひ本歌を先に読むことをオススメします。
(かく言う私は恥ずかしながら読んでいませんでした…(泣))

六角弘『怪文書〈2〉業界別・テーマ別編』

  • 2002/08/08(木) 10:01:55

怪文書〈2〉業界別・テーマ別編
六角 弘
六角弘『怪文書〈2〉業界別・テーマ別編』自ら怪文書図書館「六角文庫」を運営する著者が、最近の事件を中心にそこに登場する怪文書を紹介した一冊。

期待していたほど怪しくなかったし、かと言って専門的に事件を掘り下げてあるわけでもなく全体的に中途半端な印象。
思ったよりも紹介されている「怪文書」の数が少ないのも期待はずれでした。

後半になると事件の詳細がただ書き連ねてあるだけで、その上だんだん著者の自慢話(?)的な展開になっていくのも「なんだかな~」な感じ。
こういう内容のものを「新書」と言う形で出す必然性ってあるのかな?と思ってしまいました。

ただ紹介されている怪文書のオリジナル(?)が載っているのは面白かったです。
中には縮小されて文字が判読できないのもありますが、充分判読できるものもかなりあって生々しい雰囲気を伝えています。
特に某スポーツ選手と結婚した某TV局の女子アナウンサーに向けた彼女の行状を暴露する、と言う意図の怪文書がすごかったです。

こういう文章を読むと考えてしまうのは、読み手側ではなく書き手側の気持ちなんですよね。
「こういうドロドロな文書を書くときってどんな気持ちで書いているんだろうな~」と、つい考えてしまうのです。
果たしてその気持ちって文書を書くことで果たして発散されたり、消化(昇華)されたりするんでしょうかね。

それにしても「怪文書」ってどれもこれもヘタクソな文章なんですね。
と言っても、流暢な文章で書かれた怪文書ってのもヘンかな、やっぱり(笑)

椎名誠『むははは日記』

  • 2002/08/05(月) 09:58:23

むははは日記
椎名 誠
椎名誠『むははは日記』活字や本についてのあれこれを書いたエッセイ「活字荒野に夕陽が沈む」、世の中にはびこる幾多の雑誌たちを俎上に載せて批評する「雑誌たちよ」そして30代の著者のありのままを描いた「むははは日記」の3つの作品で構成された一冊です。

他人の日記というのは、その人自身にすごく興味があるとか、そこに書いてある以外のその人を知っていてそのギャップを楽しむとか、書いてある内容がとんでもなく○○(面白い、恐ろしい…などなど)だ、とかでない限り、結構つまらないものなんじゃないでしょうかね。
この日記もつまらないわけでは決してないけど、いつものシーナさんの本のように「うははは!」と笑ってしまう、と言う感じではなかったです。
(「ニヤッ」とするところは沢山あったけど(笑))

ただ、今日は東に明日は西に、と留まることを知らないようにあちこちに旅立っていくシーナさんの日記を読んでいるうちに、こんな出不精な私でも「どこかに行きたいな~」と言う気分になってしまったみたい(笑)
最近ネットの「旅情報」ページばっかり検索していたりします。
今年の後半は私もあちこち遊びに行ってみようかな。

「雑誌たちよ」は連載されていたのが1980~82年の作品と言うことで、かなり懐かしいモードに入っています。
もう廃刊になってしまったもの、この頃創刊されて今は安定した売上げを保っているものなどなど…たった20年なのにまさに「今は昔」的な状況になってますね。
あと20年経ったら、今本屋さんに並んでいる雑誌も様変わりしてるって事なのかな。

その頃もシーナさんを始めとした「本の雑誌」を囲む皆さんは相変わらず新宿に集まってクダを巻いていて欲しいものです(笑)

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