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◆Date:2002年07月
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逢坂剛『デズデモーナの不貞』

  • 2002/07/30(火) 09:55:38

デズデモーナの不貞
逢坂 剛
逢坂剛『デズデモーナの不貞』池袋の片隅にある小さなバー「まりえ」。
真っ直ぐな長い髪を背中まで垂らし、いつも黒いドレスに身を包むママのまりえは年齢不詳で自分の感情を殆ど表に表さない。
そんな神秘的なまりえに惹かれるようにこの店に集まる客たちが引き起こす、または巻きこまれる事件を描いた短篇集。
表題作の他「闇の奥」「奈落の底」「雷雨の夜」「まりえの影」の5編を収録。



面白かったです。
以前読んだ短篇集「まりえの客」は期待して読んだら表題作のみ「まりえ」が舞台で他は全く違う作品だったのでガッカリしてしまったのですが、これは5作全部「まりえ」シリーズ。
「そうそう!私が読みたかったのはこれだったのよ~っ!」(笑)って感じで嬉しかったです。

年齢不詳で感情を殆ど表に出さない黒ずくめのバーのママ、と言うのは割とありがちかなとも思うのですが、それでもまりえとそこを訪ねてくる多少なりとも「訳あり」な男たちの会話は不思議な雰囲気があります。

事件は殆ど何らかの理由で心のバランスを崩した人々によって引き起こされます。
最初はそうとは判らないように書かれているのに、読み進むにつれて少しずつ平衡が失われて行く登場人物に引きずられてつい自分の居場所も見失いそうになってしまう…そんな不安な気持ちになります。
そんな読者の気持ちを現実に留めて置いてくれるのはいつでも冷静なまりえママの力なのかも。

妻の浮気の調査をするために元刑事に素行調査を頼む夫の心の闇を描いた「デズデモーナの不貞」が特に印象的でした。
(と言うより怖かったです…(泣))

お店の常連として精神科の医師を配して、登場人物の症状や心理状態を学術的に説明させる設定も親切でした。

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清水義範『その後のシンデレラ―新「様式模写」小説』

  • 2002/07/28(日) 09:52:26

その後のシンデレラ―新「様式模写」小説
清水 義範
清水義範『その後のシンデレラ―新「様式模写」小説』『シンデレラ』や『赤ずきん』、『ピーターパン』など物語の主人公たちが物語が終わった後どうしているかを書いた「その後のシンデレラ」。
いろんなパターンの人間関係を描いた「喧嘩の畦道」他6編。
だまし絵で有名なエッシャーの父親が昔日本にいた事があるという事実を書いた「エッシャーの父」。
以上、8編の短篇集です。

相変わらず人物描写が上手いです。
特に人間関係を描いたシリーズなんかは「こういう人っているよね~」って大きく頷いてしまいました(笑)

人間関係の滑稽さを皮肉って書いてあったりするのですが、それは唾棄すべきものではなくむしろ微笑ましくさえあります。
それは『人間関係って、離れてみれば面白いものだよなあ』(著者あとがきより)と言う著者の視点の暖かさを通して書いてあるからでしょうね。

「エッシャーの父」は著者が書く歴史ものを凝縮したような作品。
偶然訪れた旅先の郷土資料館で見つけた意外な史実から、物語が膨らんでいく過程が簡潔に描かれています。

どれも軽く読みやすい短篇です。

半村良『産霊山(むすびのやま)秘録』

  • 2002/07/27(土) 09:48:49

産霊山(むすびのやま)秘録
半村 良
半村良『産霊山(むすびのやま)秘録』はるか遠い時代から続く「ヒ」一族。
彼らは「御鏡・依玉・伊吹」と呼ばれる三種の神器を使うことで空間移動、心話、念力などの超能力を使うことが出来、その力によって日本を治める帝の危機を救って来た。
戦国以来、帝の持つ力が微妙に変化した時、彼ら「ヒ」はどう生きたか。



まず、発想がすごいですね。
明智光秀、藤堂高虎、山内一豊、猿飛佐助、鼠小僧、坂本龍馬、近藤勇以下の新撰組幹部…などなど歴史に大きく関わった人々はみんな「ヒ」一族である、と言う設定で書かれた別の角度の日本史が展開されています。
更に世界には各地に「産霊山」が存在し、その国の山を統括する「芯の山」がある場所がその国の首都になっている、そしてその世界中の「芯の山」を統括する「芯の山」も存在しその場所は『月』である…なんて発想は聞いてるだけでワクワクします。

そうした発想は面白いし、文章が読みにくいワケでもないんだけど…私には一つ一つの物語がちょっと長すぎに感じました。
歴史的な記述がかなり多かったのが原因かな。
年代とか覚えるの苦手なんですよね(泣)
別に覚える気はないし、読み終われば忘れちゃうんだから読み飛ばせばいいのについちゃんと読んでしまう生真面目な私…(笑)
なので面白いところまでたどり着くのがなかなか大変でした。

最後の物語では戦国時代から現代にテレポートしてしまいそこで暮らした若い「ヒ」に関わった男が、その後忽然と姿を消した彼の物語をある小説家(著者)に語って、最後に小説家が「産霊山秘録」と言うタイトルの作品を書くと宣言する所で終わっています。
物語はまたここから再生していく、と言う趣向ですね。
でも私としては全てをここで説明しつつ、過去と現在を行き来しながら物語を説明する、と言う感じの方が良かったのでは…なんて不遜なことを考えてしまいました(汗)

ところでこの作品、タイトルにはすごく聞き覚えがあったので(いつかは判らないけど)過去に絶対読んだ事がある!と思っていたのですが、今回読み始めたらどこまで行っても「あ、ここ読んだ!」と言う箇所がない。
「え~、読んだはずなのに~」と思いつつも結局一箇所もそれらしい所を見つけられずに読み終わってしまいました。
はたしてタイトルだけ覚えていたと言うことなのか、それとも読んだけど全て忘れてしまったのか…私の記憶力ではどちらも充分あり得るので真相は永遠に不明です(笑)

小林恭二『カブキの日』

  • 2002/07/17(水) 09:44:49

カブキの日
小林 恭二
小林恭二『カブキの日』年に一度全てのカブキ役者が集まる顔見せ興業の日。
両親と共に興業が行われる世界座に向かった15歳の美少女・蕪(かぶら)は、世界座と共に並び立つ大阪・蓮華座の座主・塩野の計らいで座の若衆・月彦と共に内部の探検に出掛ける。
迷宮と噂される世界座の三階は扉を開けるたびに違った世界が次々に飛び出して2人の行く手を阻むが、既に亡くなったはずの蕪の祖父に会うと言う目的のため2人はどこにあるのかしかとは判らないその場所に向かって進んでいく。
一方舞台の上では伝統の中でカブキの藝を守ろうとする名門出身の水木あやめと、伝統を否定して新しいカブキを作ろうとする若衆出身の坂東京右衛門の戦いが始まろうとしていた。



面白かったです♪
これは「歌舞伎(カブキ)」を題材にしたファンタジーですね。
カブキの持つ猥雑で、それでいて神聖な感じがすごくストレートに伝わってくる作品でした。

蕪と月彦が世界座の三階の扉を次々に開けていく様子は(作品中でも少し触れていましたが)さながら不思議の国を旅するアリスのようでした。
その扉の向こうに出てくるものの何とイマジネーションに富んでいる事か!
すごく怖いけど、すごく面白いお化け屋敷のようで次には何が出てくるのかワクワクしながら読めました。
(自分で実際に歩きたくはないけど…(笑))

かたや舞台上での「藝」の戦いですが…う~ん、私としてはもうちょっとドロドロしていた方が良かったかなあ…なんて思ったり。
あやめも京右衛門もいい感じなんだけど、三階に広がる迷宮を突き進んでいく蕪&月彦の描写と比べるとどうしても弱い感じがしちゃうんですよね。
最終的にこの戦いが蕪と月彦を本来あるべき姿に変えるきっかけになるわけなので、もうちょっとせっぱ詰まった感じが出ていた方が良かったなぁなんて思いました。
それでもこんな舞台を本当に目の前で見ることが出来たら一生忘れない舞台になるでしょうね。

今までに一度でも歌舞伎を見たことがある人、いやちょっとでも歌舞伎に興味がある人だったら気に入るんじゃないかな。
そして自分でも舞台が見たくなる事、請け合い。
私も久しぶりに歌舞伎座に行きたい!と思ってしまいました。

ナンシー関『秘宝耳』

  • 2002/07/15(月) 09:41:28

秘宝耳
ナンシー関
ナンシー関『秘宝耳』先月急逝した著者の死後(多分)初めての文庫。
週刊朝日に連載されていた「小耳にはさもう」(芸能関係の人物が発言した言葉をキーワードにしたエッセイ)の99年4月から00年9月分をまとめたものです。
文章の方は相変わらずツンと良くきくわさびのような活きの良さ。
2~3年前の話題だけど「おお、そう言われてみれば!」と思い起こす事が沢山ありました。
特に久米宏がニュースステーションを90日も休んだ原因が「髭を生やしてみたかった」だと言う説には思わず大きく納得してしまいました(笑)
事実かどうかよりもいかに説得力があるかの問題ですよね~。
そういう閃きとか目の付け所がさすが、です。

そしてそんな勢いのある文章を読むに付け「この人の新しい文章を読むことはもう2度とないんだ」と改めて感じました。
こういう、全速力の途中でふいにかき消されてしまうような消え方って残された方はツライですね。
私はただの読者、それも文庫になってからしか買わないと言う程度の読者だったけどやっぱりそう思う。
これから(私の大好きな)TVの世界で何が起こっても、誰が出てきてももうナンシーさんがそれを切り取ってくれる事はないと思うとかなりツマンナイです。
やっぱり人生って「いきなり暗転」よりも「フェードアウト」じゃなきゃいけないんだなあ…とこれを読んで感じました。

著者はそんな事感じて欲しくなかっただろうけど(笑)

春日武彦『私たちはなぜ狂わずにいるのか』

  • 2002/07/12(金) 00:41:30

私たちはなぜ狂わずにいるのか
春日 武彦
春日武彦『私たちはなぜ狂わずにいるのか』

精神科医である「私」とは一体何者なのか。患者の妄想に巻きこまれるのに、自ら狂気を選び取ることはできないのか。あらゆる狂気と向かい合ってきた著者が、そのメカニズムに迫る。(裏表紙より)


ここしばらく小説、しかも文章が上手いものばかり読んでいたので久々にこういうタイプの本を読むのは大変でした。
と言っても決してこの本の文章がヘタだったりするわけではなく、むしろこういった本にしてはかなり平易な言葉で書かれているし内容も面白いとは思うんですけどね。
でもやっぱり取り扱っているテーマも内容も重くて感想を言えるほどは理解できていません。
なのでその代わりに私が気になった箇所を幾つか引用。

「狂気のパターンは何十種類もあるわけではない。一冊の教科書に収まる程度のものである。」(P37)

「狂気に憑かれた人は、様々な「狂った物語」に心を奪われているわけであるが、その物語は予想以上に似通った話ばかりで、ユニークなものなど滅多にない。」(P50)

「気が狂う、発狂する、と言った言い回しの反対語は『正気に戻る』なのであろうか」(P96)

「覇気がなくなろうと、全体に緩慢で気が利かなくなってしまおうと、感情が平板になってしまおうと、彼らは恐らく誰の目にも狂気よりは「正常」の範疇に属するように映るはずである。しかし、溌剌さ、瑞々しさ、機敏さ、柔軟性、そういったものが人間を人間たらしめている大切な要素ではないのか。愛する人間から、そうしたものが失われてしまったとしたら、それはどれだけ我々の胸を痛ませることか。」(P122~123)

著者は都立松沢病院に勤務する現役の精神科医。
プロフィールに「ロックと小説を愛している」とある通り、この本の中にもいくつかの小説から精神病または精神科医が関係する箇所の引用がされています。
こういった本で小説からの引用があるのって珍しいんじゃないかな。

浅田次郎『闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉』

  • 2002/07/07(日) 00:34:49

闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉
浅田 次郎
浅田次郎『闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉』ある日の真夜中、一人の老人が留置場の雑居房にやってきた。
下町の古い職人のような身なりをし、身のこなしも垢抜けた真っ白な坊主頭のその老人の正体はその昔二千人からの仲間を束ねていた「目細の安吉」親分に育てられた「天切り松」の異名を持つ盗人であった。
この「目細の安吉」一家は盗人とは言え、盗られて困る貧乏人には手を出さずむしろ救いの手を差し伸べる、いわゆる「義賊」であった。
9つの年で父親に捨てられるように預けられた松蔵を、本当の息子、弟のように厳しくも優しく見守ってくれた親分以下4人の思い出を松蔵はふとしたきっかけから同じ房の同居人、更には看守も巻きこんで語り始める…。



面白かった~~~っ!(笑)
「闇の花道」「槍の小輔」「百万石の甍」「白縫華魁」「衣紋坂から」の5つの短篇が入っているけどどれもすっごいいい話でした。
最後の方なんか涙ボロボロ。
本読んでこんなに泣いたの久しぶりってくらい泣きました。
私は「鉄道員(ぽっぽや)」よりもこっちのが好きだなあ♪

この「目細の安吉」一家は親分以下、寅吉兄ィ、栄治兄ィ、常兄ィ、おこん姐さんそして松蔵の5人しかいない小さな所帯なんだけど(二千人の束ねから5人になったワケと言うのもまた泣けます(泣))、みんなすごく腕が立つし、それ以上に人間的にもうすっっっごくカッコいいの!
江戸の粋、とか人情とかを絵に描いたような格好良くて、きれいな話ばっかりです。

こういう話って『江戸と東京がせめぎ合う不確かな時代、大正』が舞台だからこそ書けるし、光り輝いて見えるんだろうな。
今なんか、そこにどんな背景があっても「泥棒」=「悪いこと」だもんね。
(確かにそうなんだけど…)
でも、こういう人たちがいて、それが許される時代、社会の方がきっとみんな生きやすいんじゃないかと思う。

「鉄道員(ぽっぽや)」の時も思ったけど、浅田氏の書く物語ってすごく映像的。
それもその描写がヴィジュアルとして目に浮かぶ、というよりも物語全体が一編の映画のような感じなんですよね。
これも読み終わった時にすごく質のいい時代物のドラマを見終わったような、そんな気分になりました。

松蔵老人が留置場に入った理由というのが、そこの警察署長に頼まれて防犯についての話をするためだって言う設定も秀逸。
シリーズ化されてるみたいなので、続きも絶対読みます!

戸梶圭太『溺れる魚』

  • 2002/07/06(土) 00:29:58

溺れる魚
戸梶 圭太
戸梶圭太『溺れる魚』女装が趣味で女物の衣服の万引きを繰り返していた秋吉。
踏み込んだ現場にあった金を横領した白州。
それぞれの罪状により特別観察監室によって謹慎を言い渡されていた2人の刑事にある任務が与えられる。
この任務が成功すれば今回の罪は不問に付すが断れば刑務所行き、の条件に2人は任務を引き受ける。
その任務とは公安刑事・石巻を内偵することであった。
石巻は任務を離れてある企業の脅迫事件の犯人探しに関わっている可能性があると言うのだ。
2人は石巻の身辺を探るために彼が出入りする会員制のバーへの侵入を試みる。



なかなか面白かったです♪
登場人物がみんな癖がある変なヤツばっかりで、更にその行動をすごくイメージしやすい映像的な書き方がしてあるんですよね。
特に「気持ち悪い」系の人物描写がすごく上手い。
おかげでそういうヤツが目の前にいるかのような気持ち悪さが味わえます…(泣)

であるにも関わらず、いやむしろそうだからなのかなあ…名前がそこに結びついて来なくて、名前だけ出てくると「誰これ?」って事が何度もありました(笑)
だって人の出入りが激しいんだもん…。

とにかく何て言うのか…設定のセンスがすごい。
例えば企業への脅迫の内容が金銭ではなく「幹部社員に珍奇な格好(胸にひだの付いた白シャツにベルボトムジーンズ、底が7cmある厚底ブーツを履き、ポータブルCDプレイヤーを抱えてそのスピーカーにはをさせて新沼健二と千昌夫のブロマイドを貼る…とか)をさせて繁華街を歩かせる」事だったりするあたりとか(笑)
普通「脅迫」って言うときにこういう要求を思いつくかね?
その特異なセンスをあまり温度とか湿度を感じさせない淡々とした文章で書いてくるので違和感は持ちながらもスーッと読めちゃう。

ただね、私は新宿や銀座でこういう格好しても、そんなに期待するほど通行人は反応しないんじゃないかと思うんですけどね。
あまりにも常識からかけ離れたモノを見ると、人ってそれを無視しちゃうんじゃないかと思う。
それに東京なんかだと「TV(または映画)の撮影?」みたいな反応もあるだろうし。
この本みたいに指さして笑うって反応はそんなにないんじゃないかなあ、と思いました。
(もちろん、している本人がどう感じるかというのはまた別の問題ですけどね)

物語の勢いはかなり好きです。
特にクライマックスの新宿を中心にした銃撃戦は馬鹿馬鹿しいほどすごい!
警察官の不祥事を外部に漏らさないためって言いながら、あんなに行く場所行く場所で発砲しながら死体の山を築いていたらそれどころの騒ぎではないのでは?
でも、その惨劇は警察の秘密部隊の手で迅速に「処理」されてしまうんだよねえ。
そんな事ってアリ?
目撃者だって山ほどいるだろうにそれはどうなるのだ(笑)
ま、そんな事も「ま、いっか~」と思わせる勢いではあります。

いっぱい人が死んだりするけど悲壮感がないのが良かった。
(殺されるのはみんな悪いヤツばっかりだし)
終わり方もちょっと意外すぎてビックリするけど、私は嫌いじゃなかった。
この物語にピッタリのふざけた終わり方だと思いました(笑)

川島誠『800』

  • 2002/07/03(水) 00:25:09

800
川島 誠
川島誠『800』いつもだったらここに(ヘタクソな)粗筋を書くのでずっと「どう書こうかな~」と考えているんだけど、何を書いていいのか判らないんですよね。
と言っても別にストーリーがないってわけじゃあないんです。
ストーリーはむしろすごく分かり易い。
「陸上部で800メートル競技をやっている同い年の男の子の話」です(笑)
で、その男の子たちが練習したり、競技会で競ったり、恋をしたり…すると。
単純に言うとそれだけ。
でも、この物語にとって重要なのはストーリーじゃなくて、とにかくそこに流れる「空気」だと思います。
だから何をどう書いても、その「空気」を表現出来ない限りこの物語の良さは伝わらないって事で…。

自分の才能と気分に正直で、でも目標のためなら努力することだって厭わない中沢。
恵まれた環境と才能を持ち、更にそれを磨いて「走る機械」になりたいと願う広瀬。
全く違った環境で育った2人は、普通だったら反発しあうような仲に書かれるような気がするけどひたすら2人ともフラットでニュートラル。
高校生ってもっと暑苦しいもんじゃないの~?(笑)
2人とも全く別のタイプなんだけどそれぞれ「大人だな~」と言う感じ。
私が高校生ん時にこんな大人な感覚があったら絶対人生違っていたろうなあ。
それどころか、今の私よりもこいつらのが大人の感覚かも…(泣)
(だからと言ってこうなりたいかどうかはまた別の話ですが)

物語は全編、中沢と広瀬の視点で交互に語られます。
この一人称がすごく効果的。
ひっぱられるようにグイグイ読み進んじゃいます。

スモーキーパステルで統一された表紙のイラストを含め、すごく「涼しい」印象の一冊でした。
これから暑くなる季節にピッタリかと。

清水義範『迷宮』

  • 2002/07/01(月) 23:54:07

迷宮
清水 義範
清水義範『迷宮』記憶喪失で治療中の「私」は、ある日担当医師に連れられて「実験治療室」と言う部屋に足を踏み入れる。
私はそこにいた今まで見たことのない中年の男によってしばらくの間実験的な治療をする事を告げられる。
そうやって開始された治療の内容は、男の指示に従って数種類の文書を読んだり、男と会話をすることだった。
それらの書類は全て、ある男が女性をつけ回した挙げ句に絞殺し更にその死体の性器を切り取って自室に持ち帰る、と言う猟奇的な事件を扱ったものであった。
私とこの事件はどんな関わりがあるのか?また男の意図は?



相変わらず上手いですねえ。
内容はいつもの軽みのあるサラッとした作風とは違いこの題材になった事件が示すとおりかなりヘビーなものになっていますが、それでも読みやすく判りやすい文章でどんどん読めてしまいます。
更に「犯罪記録」「週刊誌報道」「手記」「取材記録」「手紙」「供述調書」そして書きかけの小説の一部と言う全く違った手法での「治療用」と称される文書の数々は著者お得意のパステーシュの技術を余すところなく表現してくれています。

ただですねえ…。
これはもう私の理解力の問題なのだと思うのですが「結局何が言いたかったのか判らなかった」んですよねえ(笑)
内容は理解できている訳だから、そこから先は読者である私が読み解く問題ですよね。
でもそれが何だか判らないと言う…(泣)

普段は「うんうん、なるほどね」とか「そっか~!やられた~!」って納得して読み終わることが多いけど、それは「はい、これが答えだよ」ってちゃんと言ってくれるからだったんですねえ。
自分の頭で何故そうなるのかを考えなくても、ページをめくって字面を追っていれば自動的に「判る」ような本の読み方しかしてなかったみたい。
もちろんそうやって「読者に分かり易い」と言うのも作品の価値の一部ではあるわけだし、娯楽としての読書のために敢えて理解できない本を読むこともないとは思うけど、読者としてはその分かり易さに寄りかかっていてはいけないって事なのかも。
とは言え、つい低い方に流されてしまうんだよねえ。
だって楽なんだも~ん(笑)

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